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みんなが称賛する映画で効果的に使われていた挿話の元ネタを知っていたせいで損してる気になった話

エンターテイメント大作『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)の映画監督に抜擢されたひとの出世作に『ショート・ターム』(2013)という97分のこじんまりした作品があって、これがとても良いんです。

キャプテン・マーベルとしておなじみのブリー・ラーソンと、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)で主役のひとりを務めたケイトリン・デヴァー。
彼女たちが徐々に心を通わせていくのですが(ヘッダ画像はそのワンシーン。IMDbから)、ああ、これは少女の心境を象徴するんだな、と誰が見ても分かるようなプレゼン手法で「サメとタコの話」という寓話が披露されます。

そこを見た瞬間からひっかかっている、という個人的な体験を残しておきたい。

結論から言うと、レオポール・ショヴォ「年を経た鰐の話」(本国発表1923、日本紹介は1939)のリトールドなんですね、サメとタコの話。
原作ではワニとタコだった話の後半を省略して、いかにもアメリカ的なアレンジがなされているとはいえ、見れば分かるレベルで同じ。

没後70年経過済なのでパブリックドメインになっている、いや待てフランスは戦時加算で30年プラスだ。原作者が疎開先で亡くなったのは1940年だから実は著作権は有効なのでは。
などの時系列問題以上に気になったのが、この物語がアメリカでそこまで知られてるの? という疑問。
日本の読書界は山本夏彦という紹介者を偶然に得たので知っているわけですが……と考えて短編アニメーションになっていることを思い出しました。
(デスティン・ダニエル・クレットンのジャパニメーション好きはシャン・チーを見たひとなら分かる通り)

落語(あたま山)のアニメ化でアカデミー短編アニメ賞にノミネートされた山村浩二監督作による『年をとった鰐』(2005)。
いわゆる「日本のアニメ」というイメージからは離れた独自の作風ですが、せっかくですから公式がYouTubeに公開している本編をどうぞ。

映画『ショート・ターム』(2013)は、クレットン監督が卒業制作として撮った同名短編(2008)が原型だそうで、このアニメを踏まえているのかいないのか、たしかなことは分かりません。
インタビューで「あのシーンは何にインスパイアされて書いたんです?」と聞かれて「覚えてないんだよね実際」と答えてはいるんだけどね。

That story was one of those moments where it just feels like it came from somewhere else. (天から降ってきた、っていうか)

んー。

原作を深読みするひとが多いけれど要はナンセンスな物語ですよ、それだけですよ。と訳者が言っていたことも知っていてなお思う、正直、キャッチーなのはワニとタコの部分なんだよな。
だからクレットン監督が自作に流用した際のアレンジが圧倒的に正しいと思う。思うものの、それとて彼が手柄顔をしていいということにはなるまい。

『年をとった鰐』(2005)と『ショート・ターム』(2013)、両作品を知っているひとは洋の東西を問わず数人いそうな気配ながら、私を含め、だとしても『ショート・ターム』の価値が減るとは考えない。
という着地で世の中は平穏なので、ただただ、私個人の心の安寧の話です。つまりね、余計なことを知っていたおかげであきらかに知らないひとより俺のほうが損してねーかこれ。っていう。同情してください。

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