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映画のロケハンとフリーの照明技師

ロケハン


6/2はオープン時間の10時から映画作品のロケハンで映画監督とスタッフが来店していた。『東京ロケーションボックス』に店舗を登録してからぼつぼつ問い合わせが入るようになっていたが、具体的に決定した案件は今回の1件だった。

この時間帯を専有してしまう事に対し気を遣うように、アイスコーヒーをオーダーしてくれた。撮影当日に場所代は
徴収するので、こちらは気遣い不要と思っていた。

2020年にオープンした当初は「CM撮影などで使われ、客足が伸びるといいねえ」などと皆で言っていたのだが、当時は前述のサイトを知らずにいたので建築系の掲載誌をグルメ誌の出版社へ無闇に送ったりしていたが反応はゼロだった。しかしなによりコロナ禍でそれどころではなかったのだ。

今回はバレエがテーマの映画で、登場するバレリーナがバイトをしているのが当店という設定だ。撮影は来週で公開自体は当分先になるそうだ。

※あくまでイメージです

——実は喫茶野ざらしをそろそろ閉めようかと考えていたので「その映画が最後の記念になるのかな」とアンビバレントな感情と、やや感傷的になった。映画が公開されている頃にはきっともうこの店はないのだな——と。

結局約1時間くらいをかけ懸念事項の確認と控室として2Fを提供する事にしたりと決め事をしていった。
こちらへ頼み事をするたびにADらしき女性がいたく申し訳無さそうに過分に頭を下げる。そのほとんどはこちらの想定以内で大したことではないのだが。
それより「貸し切り」とも掲げていなかったせいで、不意に来客があったのに断ってしまったことが気がかりだった。今は少しでも売上を上げたかった。

一通り確認が終わり監督の女性ともう一名責任者風の女性と男性。若手女性2名の計5名はそそくさと引き上げて行った。

DiningTime

実は今日から営業時間が2部制になった。CafeTimeを10:00-15:00とし、DiningTimeを17:00-23:00にし、夜は軽食とアルコールをとれるように考えた。室内の照明が夜に映え美しいと以前から「夜の営業はしないのか」と訊ねられる事がままあったので、それを反映させた。裏手には墨田区役所があり、フレックスタイムで早出早退の方が多く、16時過ぎには店の前を帰路を急ぐ人通りがあるのだが、もしその時間で当店に寄るのならば、以前の閉店時間18:00(LO17:30)は実に使い勝手が悪かったであろう。寄るに寄れない。今後は寄ってほしい。

照明技師登場

ダイニングタイムは初日なので、オープン当初は提供していたアルコール類はコロナ中断を挟み2年ぶりの提供になる。余裕のない精神状態で出来る限りの準備をバタバタとしていると早速来客。
その風貌は以前から親身にこの喫茶野ざらしを気にかけてくれているお得意さんのWさんとそっくりだったので「いや!第一号ですよ!」と軽い調子で声をかけると「あの。アルコールとかあまり好きではなくて、食事ありますか」と、素で返され、その声はWさんのそれではなかった。慌てて「あ、カレーならありますよ!」切り替えた。

注文を取りカレーを出したが、店内のことをあれこれ質問して来るので、そばに座り受け答えをしていた。質問の角度がかなり偏っているなあと感じていたが、それを見透かすように「実は私、今日朝に来た映画撮影の照明技師なんです。寝坊して間に合わなかったので今来た次第で」——なるほど。と合点がいった。午前中はいそいそと皆動いていたので会話は頼みごと・確認しか出来なかったが。長髪で、親しみのある笑顔を絶やさない彼がどうも他人に思えず、この方なら色々話が聞けるかな、と思い。特に先を急いでいるようでもない事を確認した上で、あれこれ伺った。作品は低予算なので照明も助手がつかず自分ひとりである事や、そこから発展して現在の邦画制作の事情や照明業界の話、助手からフリーの技術者になったときの心情など、そして私の師匠が映画監督なので、話を振ると「一度助手として撮影班に加わった事がある」との事。話は盛り上がる。まさしくダイニングタイムに相応しい深まった会話を楽しんだ。

食後もケーキを2つも平らげながら、自分もこれまでの人生やこの店を開くに至った事情も聞いてもらって、ここまでいくともう「友人」と言って差し支えないだろう。
——この仕事は、意外に人との会話が日常的にほとんどなくなる。あるのは注文受付時のやり取り程度だ。もしかすると俺は誰かと話をしたくて仕方がなかったのかもしれない。

まだ40才になったばかりという彼は私同様独身の身軽さで気ままに下北沢付近に暮らしているといい。翻って私は50才をとうに過ぎているが相手は子持ちでもいいので、結婚の意志は強く持ってるなど、恐らく今自分の周囲でもここまであけすけに自身を打ち明けている友人はいない。
「ああ、必ずまた会って、今度は酒でも飲みながら話をしたいな」と心底思った。
飲食店はこういった「出会い」があっていい。運命のいたずらでこの店を持つことになった自分だが、「こういう出会があるならもう少し続けてもいいかな」と思いつつ、結局酒を求めた来店客がゼロであった事に、かなり初日の緊張を持って待ち構えたゆえの落胆を抱えながら「明日こそは」と念じながら後片付けに勤しんだ。


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