東日暮里「ギオン」(閉店) ー手渡しされたココナッツサブレー
ドアを開けるや否や
「うちは珈琲しか出せないよ」
ギョロリとした目がメガネからはみ出そうな、短い白髪のおばあさんがゆっくりと歩きながら言った。横に酸素吸入器を添えながら。
寒い寒い2012年冬の夕刻。
とにかく暖をとりたくて、空いてるかどうかわからないまま、中が見えないドアをそっと開けてみたら、乳母車みたいなのからチューブが出ている小柄なおばあさんが居たので 背筋がソワリとしてさらに体温が下がったのがわかった。
ギオンに探訪したと言うより
ギオンに飛び込んだという方が正しい。
暖かい珈琲が飲めたらそれだけで御の字だ。
しかも、この中に入れば、ちょっとしたお伽話の中に、いや、世にも奇妙な物語の中に入り込んだような不思議な感覚になれる予想が出来た。それだけ、ママであるおばあさんを店先で見た衝撃は、8年経った今も忘れられない。
静かな店内でママが珈琲をいれてくれるのを待つ。
小さめのテーブルが4つほどとカウンター数席のみだ。
なぜ「ギオン」という名前なのか尋ねると「響きが好きだから」と窓から寒空を眺めながら教えてくれた。
ボケ防止に店をあけているのだといい、うちの豆は宮内庁御用達だと誇らしげだ。
ゆっくりと珈琲が運ばれた。そしてゴソゴソとカウンターから何かを取り出している様子…安くて旨い、あのココナッツサブレを2枚、手渡しでくれたのだった。素手で、くれたのだった。
ママは小さな手をしていた。
珈琲の温度もさることながら、一気に優しさに包まれて体が暖まった。
今はなきギオンを偲び
あの時のママが 長生きしてくれていることを願う。