自由ヶ丘「六文銭」 ーマスターが書いた「ロシアの女」を読まされてー
外観からして、ちょっとニオうぞ、と思った六文銭。
その臭は、主にマスターから発せられていた。
賑わう店内。カウンター席は1人客専用のように個人がずらりと並んでいる。
壁にアジア圏と思われる民族のお面が敷き詰められていて、マスターが研究のために現地から調達してきたものだそうだ。
一際目立つ大きめの赤い面はインドネシアのもの。マスターは民俗学以外にも映画や洋楽について一筆添えることを業としていたらしい。
何か食事はできますか と尋ねた。
「じゃあおじさんを食べてもらっちゃおうかな」
歳は60ぐらいだろうか、自然な白髪が年相応でかわいらしく、無駄な肉のない細身体型で、白シャツのボタンを一番上まで止めているマスターよ、そんなことを言うタイプに見えなかった。完全に意表を突かれた。
私を表現する言葉の一つが
手八丁口八丁
人間ってもんが好きで他人が好きで、はじめましての人と話すのが苦にならない。おじさまたちの絶妙におもしろくない話もちゃんと聞いてリアクションができる。チーママに向いてるとよくお言葉をいただく。
だからこそ、外見からはわからなかったネチネチトークを繰り広げたマスターもうまくかわせたが、一緒に来ていた友人はただただひいているのがわかった。
マスターと私の、一連のまごついたやり取りを終え、漸くグラタンを勧められた。
さて。マスターのエンジンかかってきてしまった。
「こんなお面なんかより、生身のお面が1番だよ」を4回ほど繰り返す。
ついには カウンターから飛び出て、こちらがわのテーブル前まで来て、べしゃりが止まらない。
「僕はね、非道徳なことをしてもちゃんと家には帰るの。結婚っていう自分で決めたことは責任持たなきゃ。それが出来ない男が多すぎる!」
納得と釈然としなさ が入り混じる。
すると突然
“女にふられた男の話”と“男を見る目がない女の話”どちらがいいかと聞いてきた。
後者と答えたが最後…
棚から何かを取り出した。
出てきたのが薄い原稿用紙で裏側に
「ロシアの女」
と書かれたものだ。マスターが書いた小説っぽいものだった。
手渡されたもんだから一応目を通したが、マスターがずっと喋りつづけているもんだから、相槌に忙しくまともに読めなかった。
女性のあの部分を[天国の角]と表現してあったことだけは鮮明に覚えている。
「人生 楽しんだも勝ち。全ては自分次第!」と、時々マスターの言葉にはいい事も混じっているのだが
余力がない時や ゆっくり珈琲が飲みたいときに来るとえらい目にあう、それが六文銭である。
口車に乗せられ、なぜかマスターと連絡先を交換した。
マスターから連絡が来ることは 無かった。
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