☆クレームが来ましたよぉ… 3
お早うございます~~~!
お盆ですよ! お盆で御座いますよ。
業者さんが休んでしまうので、家も明日はお休みです。明日だけですけど。
明後日は普通に営業しますので、よろしくお願いいたします~~~~!
え?里帰りですかー。
いや私は特にしませんし、と言うか、里とかありませんし。
琴子さんに至っちゃ、ここの上に住んでるのもあって、明日は一歩も外に出ないとか言ってる。
引きこもりか。
引きこもり店主か。
ガフがグリーンレイク行こうとか騒いでたんだから、行けばいいのに。
さて。
昨日の続きで完結編ですよ。
駆け足で行きますよ!
* * * *
髪をアップにしたお婆さんに、お客様用の老眼鏡をかけて貰い、その姿に愕然とした所までが昨日。
――――で。
知ってます知ってます!
この方知ってますよ。知ってましたよ私、琴子さぁん!
いや、常連さんと言うのとは違うけれど、何度かいらしてますこの方は!
ただその時は。
髪はきっちりアップして、上の縁がない、チェーン付きの眼鏡をして、日傘をもって。
何て言うのかこう、貴族っぽい理知的お婆様だったのだ。
それを全~~~~~部とった姿なんて想像すらしませんし出来ません。
それを目の前に晒されても、二つの姿は繋がりませんわ。仕方ないよね!
ってか琴子さん凄いな良く分かったな!
琴子さんは、でしょ!と言わんばかりに人差し指を出す。
そうそう。
だんだん思い出してきました。
昨日、いらしてましたよ確かに。
で、ロイミティーとチャンククッキーで暫くお出ででしたよ。で、夜…あれ?
家は10時終わりなんだけど、最後までいらしたんだろうか。いらしたような…気がする。
あれ…? そうするとさー。
机の上に、9時君からいるのって不自然じゃない?
「ねぇ琴子さん。さっきほら、9時君からいるから、9時に気づいたんじゃないかって思ったんですけど、
9時ってここにいらっしゃいましたよね、あの方」
琴子さんが頷く。
そ。もし9時に「失くしたと気づいた」のだとしたら、その時点で今の騒ぎが有る訳で。
昨日は極々平穏に終わったわけだから、それはない。
となると、正解は。
彼女の手から、腕時計が離れたのが昨夜の9時。―――― そう言う事だ。
と、言う事は。
「なくしたの、ここっすね」
琴子さん、こくん。
「落とし物…に、ないっすよね女性ものの腕時計」
こくん。
「……って事は…」
二択だ。
未だどこかに落ちている、か。
考えたくないけど。
誰かが持って行ってしまったか。――――だ。
「うわぁあああ、めんどくさい~~~~!!!」
小声で叫んだ私を、琴子さんが隠す。
駄目、そんな事言っちゃ駄目、でしょ、分かってます。でも。
めんどくさい~~~~~~~!
だって、朝掃除しましたもん!床、拭きましたもん!
椅子とか動かして。ゴミ箱とか動かして。お客様が立ち入るエリアはチェックしましたもん。
で。
無かったもん、腕時計なんて!
いや、ないでしょう。
それこそ指輪くらいの大きさなら、転がっちゃって、って分かるけど、流石に腕時計は。
ないって。
今の段階で見つかって無ければ、無いって!
机の上にはいつの間にか1時君が新たに現れていた。
ああああああああああ、また一時間たったぁああ。
正確にはもっと経ってる。つか、もうすぐ2時君が来るよぉおお~~~!
「無理。」
お客様にランチセットをお出しして、琴子さんの横に並ぶ。
「無理無理無理 (ヾノ`・ω・´;;)ムリムリ 琴子さん。
これ無理。これ絶対無理。警察に届けだしましょう。絶対誰かが持ってったんですって。
故意か気づかずか分かりませんけ・いやきっと売れるとか思って持って帰ったんですよきっと。
だってきっと古い時計で、きっとお値打ち物ですよあの感じじゃ。となると確信犯ですって。無理。
見つかりませんよこの店からは!」
机の上の9時君たちは、思い思いに動いている。
琴子さんはお客様にトレイを渡しながら、ちらちら9時君たちを見て考えている。
お婆さんがエキサイトしてしまうので近寄れない琴子さんは、カウンターから彼らを見て、ポン、と手を打った。
「え? 9時君たちを見ろって?」
いや別に、それぞれ自由に机の上にいるだけで別に変ってな…いや。
ん?
よく見ると、漫然といる訳ではなさそうだ。互いに顔(顔?)を見合わせたり、手招いたりしてる。
好意的に見れば、何かの意思をお婆さんに伝えようとしているようにも見え…なくもない。……それと。
「なんか……一番新しい1時君だけ、針動いてません?」
二人して1時君に注目する。彼らの中心は、顔と思しき場所にある文字盤だけど、秒針はない。長針と短針だけの、シンプルなアナログな時計っぽい。12時君まではちゃんと長針は真上を指している。
でも、最新の1時君だけは。
「針が動いてる。あの子だけ動いてる。今大体、55分くらいですかね。あれがちょうどになると、1時君に戻って2時君、来るんですかね」
頷き合う。
何度か頷いて、で。
は、と気づいた。
もうじき、2時君が来る。
来る。
――――…
――――……どこから。
どこからって、………そりゃあ。
二人でダッシュした。先を争うようにお婆さんの許に駆け寄り、私が先にがっちり一時君を捕まえた。
「あんたさっき、どこからここに来たの?」
叫んだのは私だけど、同時期に琴子さんは何かもっと長い言葉を、かけたように思う。
1時君の長針が、天を衝く瞬間、1時君が階段を指さした。
琴子さんが身を翻して階段を駆け上る。長い黒髪が空間に弧を描く。私の振り返る先で、あっという間に姿は上へと消えた。
かちん。
そんな音が聞こえた気がする。手の中でかすかな振動とともに、1時君の長針が天をさす。
そのまま、1時ジャスト君になった彼は、何だかちょっと誇らしげだ。
なんでだ。
私は、1時君と、階段の上に消えた琴子さんの姿を、目線で交互に見比べた。
いやどうなった。これどうなの。3時君を待ってまた同じ事する?
うろたえる私の前で、お婆さんが眉にしわを寄せた。
「一体、何なの。良いからもう、早く私の指輪を返してちょうだい」
言葉が、耳の後ろに聞こえる。
二階を見上げて。階段を見て。ああ、と思う。小さな姿が、とことこと、時にぴょんぴょんと階段を下りて来ていた。
「2時君……」
降りて来る二本の針の、長針がゆっくり動く。
2時君が机に飛び乗った時は、多分2時2分君くらいだった。
それからほんの少しの時を置いて。琴子さんが降りてきた。
「琴子さん?」
エキサイトお婆さんの許に、まっすぐ近づいて、私が止める前にまた猫を召喚するお婆さんに、まっすぐ手を突き出した。
手の上には腕時計。
昔ながらのリューズの、アナログ腕時計。
シャンパンゴールドの四角いボディで、おなじ色の細身のバンドと、シンプルな文字盤に、Seiko-Angel。
え、会ったの?この店に?えええ、どこに?
私の興味はもっぱらそこだったけど、お婆さんは違った。
一瞬息をのんで、瞳を見開いて手を伸ばしかけ、ぎゅっと両こぶしを握った。
「佳那さん。 貴方がやっぱり……」
お婆さんの瞳に怒りが点る。
点って、叫び声をあげて、―― あげかけて。溜息になった。
琴子さんが、ずいとその胸元に時計を差し出したからだ。
その時点でやっとそれに気づいたのか、お婆さんの瞳が時計と琴子さんを見比べる。見比べて、困惑する。
「返してくれるの」
こくん。
「盗らないの」
こくん。
「だって貴方が盗ったんでしょ」
ふるふる。
「じゃ、見つけてくれたっていう訳…」
こくん。
「嘘よ、だってあなたは……」
ふるふる。
「……… そう」
こくん。
「……そう、そうよね」
お婆さんは、凄く静かになった。
軽く会釈して時計を受け取り、こちらを伺いながら、そっと、手首に置いた。
いやびっくり。
机の上の緊張感ったら凄かった。
途端、机に散らばっていた9時君たちが一斉に振り向き(割とホラー)、びしっと動きを止めた。
時計回りに何かがくるりと彼らを包み、そのまま渦の目に吸い込まれるようにキュッと集まった。
組体操?いや違う、何て言うのか…融合?
うんそう。言ってるじゃないすか、絵図らはなんか、ホラー。
ぱちり。
留め金を掛けた途端、ぎゅるんとそれは吸い込まれた。
……
いやいやいやいや。
吸い込まれるなら時計に吸い込まれろよ。それならわかるから。
何で婆さんの頭に吸い込まれるの。怖いって!
絵面怖いから。時計を婆ちゃんの額にねじ込んでるみたいで絵面怖いから!!
「ちょっ…!?」
そして
―――― 消えた。
* * * * *
いやまぁね。
良いですよ。
取り敢えずこれで問題は解決だし?
驚いた事に、お婆さんは時計を付けた途端、つきものが落ちたように元に戻ったし?
ドッピキの私の前で周りをキョロキョロと見まわして、あらなんで、じゃないですよお婆さん。
ご迷惑かけたかしら、ごめんなさい、っていや、良いですけど。お気になさらないでくださいだけど、でおさ、これは。
なにこれどうなってるの琴子さ――――――んんn!!!
何でもあの、1時君が階段を指さした瞬間、駆け上がる琴子さんの目の前に、、トイレの扉を突き抜けて2時君が現れたそうだ。
琴子さんを見上げて、トイレの壁を見つめて、とことこと歩み出したそうだ。
お店のトイレは、トイレの外に中の匂いが漏れないよう、店の中とトイレの間に小さな空間を設けてある。匂い切りゾーンは、本当に小さな空間で、でもそこには簡易の手洗い場がある。
とても小さい丸い受け皿と、自動で3秒水が出る蛇口があるだけの小さい手洗い場。2時君はここから来て、名残惜しそうに見上げた。――ように琴子さんには見えたらしい。
だから、琴子さんはそこにしゃがみこんだ。
そこにしゃがみこんで、暗い足下を覗き込んで、そしてやっとみつけたそうだ。
元栓に引っかかっている時計を。
手を洗う時に外して、滑り落ち、引っかかったから音もしなかったんだろう。
時計も必死だったから、見つけて貰いたくて、2時君たちを彼女の側に送ったのね。そう琴子さんから聞いた。
「ねぇ琴子さん。
9時君たちはコトダマなんでしょうかね。時計の音が生み出した、言霊なのかな」
琴子さんは首を傾げた。どうだろう、違うんじゃないかしら、と。
半世紀を共にした時計には、もっと違う力が宿るのかもしれないと。
うん。デスヨネ。
だってもし、時計のコトダマなら、時計に戻れって感じですもん。
時計から生まれ出た癖に、お婆さんの中に戻って行った彼らは、多分単純なコトダマではなくて、供に行きて来た人と物の、何か繋がりみたいな?物なのかもしれない。
琴子さんはただ笑って、でも良かったね、とため息をついた。
私も、何か色々謎は残ったままだったけど、同じように笑った。
数時間以上もドキドキした不思議な事態は、少なくともとても平和に終わりを告げたノダ。
分からないのは「佳那さん」で、それ誰、のままだ。
だから私は勝手に想像することにした。
泥棒猫爆笑佳那さんは、お婆さんのきっと恋敵で、若かりし頃、旦那様を争って戦った人なんじゃないか。
きっと琴子さんに似たタイプの女性で、ちょっと混乱したお婆さんには琴子さんがその人に見えたのだ、と。
琴子さんタイプの恋敵か……うわぁそれ超大変そう。
だって琴子さん、こんだけ長く一緒にいる私でも、ベリーベリー不可解だからね。
この人と戦うとか、特に恋でとか、私は絶対嫌だ。
ま。
いいか。お婆さんは最後は有難うと言っていたし、ご迷惑かけましたと謝っていたし。
めでたしめでたし、だろう。
――――と、納得した次の日に、娘さんがやって来た。
お婆さんは非常に恥じ入って、必ずお礼を携えて来るから、今日はお家に引きこもるそうだ。
娘さんが言う。
ええ、あの時計は、父と母が若かりし頃、交換し合った物だそうです。指輪?
そんな言い方をした事は無かったですけれど、確かに、指輪替わりの物かもしれません。
父はもう何年も前に亡くなって、お棺に父の時計を入れる事が出来なかったので、父の写真と共に、今も家に飾ってあるんですよ。
はい。1960年の物だそうです。もう60才近い時計ですけれど、母の手首で今も正しい時を刻んでくれてます。凄いですよね。大事に、愛情込めて使っているから、も有るんでしょうけど。
はい。母は一人暮らしです。しゃっきりしてて、子供の手を借りる程落ちぶれちゃいないわ、って言い張ります。落ちぶれるって。そう言う事じゃありませんよねぇ。
ええ。今回のような事があると不安になります。
母も初めて、聞く耳を持ってくれたので、少し家族で話し合おうと思います。同居、出来るのが一番いいんですけどね。
ええ、怪我の功名と言うか。こちらにお世話かけて、やっと少し聞く耳を持ったので、私としてはご迷惑でしょうが、二重に感謝しています。
娘さんは良い感じの人だった。お婆さんに似ているけど、もっとずっと大人しい感じの。
お名前は、旗本さん、って仰るそうだ。なんか…貴族のイメージ、強ち外れてなかったww
色々ご苦労はありそうだけど、ひと段落着いたら、是非お二人でいらして下さい、そう送り出す。
そう言えば、結局最後まで「佳那さん」は謎でしたねぇ。何となく出た呟きに、去りかけてた娘さんが、えっ、と振り返った。
「佳那は私です……けれど何か?」
え。
琴子さんが上手くごまかして、にこやかに去っていく彼女の姿に会釈しながら。
――――え。
―――――――ええ。
えええええええええ。
なんで?
どうして?
どうやったらそう言う事になるの?????
いろんなものが釈然としないまま。
私は見送った。
泥棒猫さん爆笑の後ろ姿を。
また明日!