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☆お客様の零れ話1 市さん 最後

おはようございますー。

眠そう。

え? 私も?てへ。バレましたかすみません。

いやいや、彼氏と昨夜いちゃついてたのかって? セクハラー。

彼氏なんていませんよ。ええ、本当ですよ。ええ。

嘘なら良かったんですけどね…… (*゚ー゚)トオイメ

はいはい。

市さんのお話の最後ですね。キリキリ行きます。

で、と。そう。

日が暮れた頃。

どーん。そんな音が聞こえて。いや何だか知らないけどそう聞こえて。マジです。なんかズシン!ってきてパっとなりました。

何だか分からない? だからどーん。ズシン!で、パッ、ですよ。つまりい。

どーん!と凄まじい音がした後、地面にズシンと震動が来て、電気がパっと消えたって訳です。

もうね、騒然。だって街がいきなり暗くなっちゃうんだから。

当然、Bar di Kotokoto内も真っ暗。お客様も、私達も顔を見合わせて……、いや暗いから分からないけど多分見合わせて、慌てて窓の方に走りました。あ、勿論、足下に気を付けながら。

で、外見て……。

あー……ってなりました。

外も、暗い。でも、暗くなってるのは、そう遠くまでじゃない。

音がしたのはつい100メートル?もっとかな? 100ンメートル向こうの道路で、何かが張られた幕を倒して、デカい何かが転がっているみたい。

そういえば、工事中の幕を張って、クレーン車が作業をしてた気がする。いや、してましたよ確かに。

多分、何かの手違いでその車が倒れるとか?曲がるとか?して、電源を切っちゃったんだと、その場の全員が考えたって、何か伝わりました。有るでしょ、そういう感覚。それです。

多分、電信柱とか?

電信柱はないか。電線とか?ケーブルとか?そういう物を切ったんだと。

何年か前から、夏には節電節電言われるようになったでしょ。

計画停電、とか言う時期が有って、我が家も発電機を買いましたよ。だって冷蔵庫と冷凍庫だけは、電源を切る訳には行かないですもん。

懐中電灯を掴んで、慌てて発電機を動かして。でもそれだけ。

我が家の発電機では、冷蔵庫たちが精一杯。店内の灯りも、ましてや、暑いって言うのに冷房なんか動く訳がない。

私達は良いんです。

でも、暑い中をやってきて、やっと涼しい所でアイス珈琲とケーキやらパイやらサンドイッチやらでほっと一息、と言うお客様達には申し訳無さすぎる。

マジかよーって声が聞こえて。

お客様各位、スマホで電車の状況を見始めて。

暗いお店の中にスマホの灯りが点ってそれなりに明るくはなったけど、冷房が消えたら暑くなるのはすぐで、全部の窓を開け切るかと、扉に手をかけたところで、道の向こうから光がやってきました。

それは本当に光で。

暗くなった街に横一列に光が点り、それがゆっくり近づいて来る。

道の一点を中心に、ちょうど大きな球体を描くみたいに、道の両端の街灯や窓の光が点る。その球体がゆっくりと近づいて来る。ゆっくりと。歩くみたいな速度で。

不思議な光景だった。

道を歩く「それ」が明るい訳じゃないのに、街灯と窓の中が点るから、まるでそれが光っているようで。

でも、間違いなく光を連れて来たのは「それ」で。

その人で。

扉を開けて中に入るその人に、明るくなった店先に、琴子さんが駆け寄った。

ビールのケースをもって。

その人は指定席のビールケースに背中の荷物をどっかと降ろして、にかーっと笑った。

「持ってきた。欲しい物」

市さん。

もー――――。

びっくりした。

「小さいの」が壁照明の上に座ると、照明が点り。

天井から下がった蛍光灯の傘に乗ると、蛍光灯が点き。

天井に一番近い、柱時計の上に座ると、天井のクーラーが動き出した。

私だけじゃない。お客さんも全員、市さんを見つめた。

多分それは、感謝のまなざしと言うよりはもっとこう、怯えたものが有ったと思う。

だって驚いた。驚いて、頭の中は「?」だらけになった。

どうして?なんで?

何で今、灯りは点ったの?冷房が動き出したの?何で市さんがそんな事出来るの? 

何者なの、市さん?

「そりゃ、行商のおばちゃんだからノ」

市さんが笑って。琴子さんが笑った。

「一番、欲しかったろ」

みんな、驚いて。私と、お客さん同士と、皆、顔を見合わせて、うなづいた。

「欲しい時、だったろ」

さっきは、順番が違ったから。

           * * * * *

盛ってませんから。

マジですから。

その後は道行く人も、灯りの点ったBar di Kotokotoに誘われて入って来て。

皆で、暗い街を眺めながら、涼しい店内で、冷たい物とケーキでくつろいで時を待ちました。

そんなに長い時間じゃなかったけれど、本当に、「この時」「絶対欲しい」のはこれだったんだと、多分皆が感じていたんじゃないかと思います。

灯りが点るころ、市さんがゆっくりと腰を上げて帰って行きました。

お客様全員で、その背中に有難う、って声をかけながら見送りました。

めでたし、めでたし。

え。

――――本当ですってば!

嘘じゃありませんよ。盛ってもいないですよ!何で信じないの?! 

人間がそんな事出来る訳がない? ――まぁそうですね。

そもそも「小さいの」とか「なんでも欲しい物を持ってくる」とかねーから!って? ――普通そうですね。

オカルトだ、ファンタジーだ? ――――その通りですね。

しょうがないじゃないですか、本当なんだから!!!

そんなに信じられないなら、行商のおばさんが店にいる時に来てくださいよ。それが市さんだから。

そんな偶然に立ち会えるわけない? 普通そうですね。

でもほら。

本当に欲しい物が有る時は――――

あ、いらっしゃいませー!

また明日です。え、明日ですってば!

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