81 離婚届にサイン、結婚10年に終止符を打つ
何度も足を運んだ公証役場のメンバーたちは、先立って、夫の不倫相手Zを見ている。今日は不貞を働いた張本人の登場に心なしか浮き足立っていた。
粛々と交渉人が公正証書を読み上げ、内容に誤りがないか異論はないか確認して、サインをした。これで未払いがあれば公的に給与の差し止めができるのだ。
公証役場をあとにする私に、しゃがれ声のベテラン受付が声をかけてくれた。「よく頑張ったわね。おつかれさま」。人生の酸いの部分を多く見てきた貫禄と優しさが滲み出ている声だった。
公証役場を出て、離婚届にサインをさせるべく夫と近くの喫茶店に入った。
そこには夫に内緒でわたしの母を呼んでいた。目的は対面での謝罪の、騙し取ったお金の借用書へのサインだ。
夫はひどく驚き、うつむいた顔をさらにうつむかせた。
留学の事実がなかったことを吐かせ、嘘の理由によりお金を借りたことを謝罪させた。それでも、夫はこの場にいるようないないような様子だ。虚構の中で生きている人間にとってこの現実は現実でないのかもしれない。やり過ごして、また誰かを騙して、作り上げた嘘の中で生きていくのだろう。
借用書にサインをさせ、母には帰宅してもらった。
そのあとで離婚届にサインをさせた。何も感じなかった。何も感じないことが悲しかった。
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