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ドールズ 《16》 完結

 数日が経った。

 グレンのAIプログラムをきちんと是正する義務を怠って誘拐を防がなかったとして、執事が送検された。執事は

「ぼっちゃまは、ぼっちゃまでしたから……」

 とだけ言い、大人しく拘留されて取り調べに応じていたらしい。

 グレンは法律区分では人ではないため、エネルギー供給を停止し、そのAIプログラムを消去することになった。あの生々しいやりとりを思い出すにつけ、レイチェルは複雑な気持ちになる。

「たましい、か」

 そう窓の外を見ながら呟いたレイチェルに、キワが声をかけた。

「大きな仕事、終わったんでしょう?」

「……うん」

「今日は、お酒とか飲む?」

「飲もうかな」

 レイチェルが振り返って笑うと、キワは嬉しそうに、じゃ、用意するね、とキッチンに立った。

「ねえ」

 カウンター越しにキワに話しかける。

「ん?」

「私、キワに謝らないといけない」

 キワはきょとんとした顔でレイチェルを見た。

「何、改まって」

 レイチェルはなんと言おうか迷って口を開きかけ、そのまま慌てて口を閉じ、唇を噛みしめた。瞳に涙がせり上がってくるのが分かる。

 まだ何も言ってないのに。

 可笑しくなって泣き笑いの顔になった。

「どうしたの?」

 キワがびっくりしたように言う。

 ダメだ、とりあえず思いついた順に言わないと。

 レイチェルはつっかえながら言った。

「ごめん、なんて言って良いか分からないんだけど。キワの魂を、私の都合で一回引き留めさせてくれて、ありがとう」

 キワは驚いた顔のまま、レイチェルを見つめている。

「キワがずっと、本当はあのまま逝きたかったの、分かってた。私の負担になってるんじゃないかって気にしてることも、知ってた。でも本当に、私はキワに逝って欲しくなかったの。この二年は、もうすぐ三年だけど、私のためにキワを引き留めたの」

「そんな……」

 キワが言葉を探す。

 レイチェルは話したことで少し落ち着きを取り戻し、深呼吸した。涙を指で拭う。

「本当はずっとキワが辛い思いをしてたの、分かってた。でも、たぶんどっかで、キワは私の側にいたいと思ってくれてるはずって、私に感謝しているはずって、勝手に思いこもうとしてたんだと思う。けど、それは私のエゴだった。私が、キワに側にいて欲しかっただけ」

「違うよ、私だってレイチェルの側にいたいよ、でも」

 そう言ってキワは黙り込む。うまく言葉を繋げないようだった。

「キワが人体型保護装置に入って、初めて目が覚めたときの瞳、あの絶望に濡れた瞳を、私は今でも思い出せる。いつも生き生きして、喜びに溢れていた子どもの頃の瞳とは、似ても似つかないすべてを悟った瞳。ああ、この体は、ってそういう顔をしていた」

 レイチェルの言葉に、キワはため息をついて笑った。

「うん。自分が作った人体型保護装置だったからね。まさか自分で使うとは思ってなかったけど」

「ずっと、見ないふりをしてたの。キワのその絶望に」

 キワは黙って、レイチェルに歩み寄ってきた。

 そのまま、二人は静かに抱きしめ合う。

「昔、こうやってレイチェルに抱っこしてもらってたのを、思い出す」

「覚えてるの?」

「少しだけね」

 レイチェルは少し黙ったあと、静かにキワに言った。

「今度、もしキワの魂が神様に呼ばれたら、そのときはそのままちゃんとさよならするから。頼りないお姉ちゃんを、空から見守っていてくれる?」

「……うん。無茶しないように、ときどき夢で小言を届けるよ」

 キワはそう言って笑った。レイチェルはキワの頭に唇を押し当てて泣いた。ようやく、長い胸のつかえが下りた気がした。そのまましばらく、二人は抱きしめ合っていた。

『No.13、配備は完了しましたか』

 レイチェルの眼前には、暗い海のような夜の闇の中に、白い光をまといながらゆらゆらとコーラルタワーが天に向かって伸びているのが見える。

『OK。総員、配備完了』

 レイチェルが答える。

 レイチェルは目の前の街を眺めながら、昨晩、デリックとした会話を思い出した。

「キワちゃんとは、仲直りできたのかい」

「どうしてそんなことを言うんです?」

「機嫌が良さそうだからさ。いつもの仏頂面が、ちょっと柔らかい」

 レイチェルはデリックを軽くにらんで、ま、そんなところです、と答えて歩き去った。デリックがどんな顔をしていたのかは、見なかった。

 耳に、本部からのカウントダウンが響く。

 3……2……1

 ゼロ。

 レイチェルは、星屑をちりばめたように見える街の上空に、身を投げ出した。

 今日も、誰かの魂を救うために。


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