2021_1004_本読み

10月4日(月)は、

山崎
『一葉舟』岡潔 著、角川ソフィア文庫(60~64ページ)
教育を語る
 真の教育に欠けているもの


耳が痛い話でしたね。そもそも学校に行きたくない感じでしたから、山崎。ここで言っている「筋金が通る」というようなのとは反対の感じでやってきましたね。

以下〈〉引用ですが、

〈日本国新憲法の前文ですが、あれ、いかにも変だと思って、というのは千年以上仏教がいってきたことの正反対、儒教がいってきたことともあわないので、日本人でこんな作文を書く人がいるのというのは不思議だと思って、〉

というのがあって、興味を感じました。

Wikipediaの「日本国憲法前文」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E5%89%8D%E6%96%87

教育については、歴史的理解をする必要をすごく感じて、色々読んでみないと、なんとなくの流れもわからないな、と感じます。

近代だけでも、江戸、明治、第二次大戦中、戦後、最近、という流れの理屈がわかってないので。




こいでさん
『誤動作する脳』樋口真美 著、医学書院
「言葉」という人災
一冊のコミックとの出会い
こんなに多くの共通点が
認知症の解説への違和感
あなたは本当に認知症?
精神の問題じゃなく、脳の病気
  

今日のところは、読み手のこいでさんのコメントで「誰もが100%」「障害者、という言葉はおかしい」という考えを言ってました。

これを聞いた、山崎の内心は、

それは理念としてはそうだろうけど自分を説得できてない(つまり、本当にそうだと思って行動してるかな、自分)とまず思いました。

それから、いや、でもわかる気がする、と思いました。
「例えば、目が見えなかったら、それで生活していて、それがその人の100%だよね」
というこいでさんの言葉を聞いて。

自分にとって自分は常に100%でしかない、というのは腑に落ちてます。その通り。

自己嫌悪がひどいと差別もひどいのかも、となんとなく思いました。




めいさん
『節英のすすめ』木村護郎クリストフ 著、萬書房、
4、共通語の限界
外からの視点では見えないもの
(998~1022/3674)


例として、星の王子さまの、有名な、帽子にしか見えないゾウをこなすウワバミ、の絵が出てきました。
ああ、これを出してくるのか、と思いました。

なるほど。

知らない人から見たら「帽子」
知っている人が見たら「あれはゾウが入ってるんだぞ!」とわかる

それが例えば、ドイツ語とソルブ語との関係、というのはすごく面白い例えだし、そういう視点を想像したこともなかったので、得した気持ちです。

若い時(子どもの時ではないです)に、このゾウウワバミの絵のとこを読んで

「そんなのわかるわけない」

と反発を覚えたのは、
ソルブ語を話してるソルブ人達を見て、疎外を感じるドイツ人という位置になるのかもしれません。もう大人だからこどものことが感じられない、といういらだちだったのかもしれません。




はやしさん
『ジャータカものがたり あわてんぼうウサギ 』
 絵/バーサンスレン・ボロルマー 、文/中川素子、小学館


ジャータカは釈迦(前5から7世紀ころらしい)が、その前世に菩薩として修行していた時の物語、とありました。

「イソップ物語」(前6世紀)とか「アラビアンナイト」(サーサーン朝=3世紀から7世紀)にも影響を与えてる、とあるので、まあ、きっと紀元前からある物語ではあるのでしょう。

で、この話は、現代のフェイクニュースがバズってしまうような内容でした。

発信元をきっちり確認しましょう、という理性的な助言です。





やなぎさん
『おたんじょうび』柳涼子 作


お子さんが小さい時に習って一冊だけ作った、自作のちぎりえの絵本を読んでくださいました。

こういうのいいな〜と思いましたよ。ありがとうございます。

途中に、クレヨンや鉛筆の落書きがあって、ほのぼのしました。
山崎の、自分がこどもの時の絵本も落書きだらけなんだけれど、
あれは、自分も絵本の中に参加してるんだろうな、と思いました。

ひとまねこざるのシリーズにたくさん描いてますね。





きよもとさん
『銀の匙』中勘助 作


「いい響き」と思いました。
印象に残ったのは

「抽匣」と書いて「ひきだし」と読むのか、とか、

「いっかな〜〜〜けしきがない」

「潮時をまつ」

「笑いぐさ」

「ついぞ」

などなど。そういった少し古風じみた言い回しが、とても響く感じ。

聞いていくのが楽しみです。

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