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試合に向けた寄稿
8月25日のFighting nexus36で、試合が決まりまして、Trailerも公開されています。大会の花型に添えていたただけて、ありがたく感じる中で思うことをぽつぽつと書き記しておこうかと思います。
Fighting nexeusは格闘技業界においては、歴史の短い団体だと思います。一時、様々な団体が作られていた内の一つであるという認識で、こんなにも定期的に大会を開催して、有名な選手を輩出していく団体になるとは思いませんでした。僕は、代表の山田さんに目をかけてもらったのか、団体が出来て間もない時より出場させてもらっていました。
今こうして、自分の古巣のようなFightingnexusという場所でライト級王者となり、フェザー級次期挑戦者に選んでいただけたことは、光栄なことと感じてています。ただ、僕自身は特別な存在ではなく、メジャーな選手ではありません。このことは、ちゃんと言葉にしておかなければならないと思っています。
格闘技を始める時にライト級でタイトルを取ることだけは、選手人生の目標にしていました。格闘技をTVで見ていた時、一番格好良かったのが73kg~70.3kgという階級でしたから、自身が憧れた階級で特別な存在になりたいと思ったのは、当然なのでしょう。
自分自身の適正階級は、もっと軽い体重だと分かっていながらも、こだわりを持って遠回りしたことを僕は後悔していません。結果的に王座を獲得出来たことはことは嬉しかったです。とはいえ、現在でも、当時自身が夢見ていた存在に到底及ばないことは悲しくもありますが。
おそらく、TVの向こう側、会場の数えきれない客席の列を飛び越えた先にあった光を忘れることはないですから。
時間を遡り、10年程前、僕はただ格闘技に憧れて、R-BLOODで格闘技を習い始めて学生でした。なんとか、プロデビューさせてもらいましたが、自分には、格闘技の才能がない弱い人間なのだと思っていました。高校生から専門学校に通うようになっても、学校では落ちぶれていて、上手くいかない学校生活の欝憤を晴らすためにサンドバックを叩く日々でした。きっと、このまま、うだつの上がらない人生を歩むのだろう。社会人になっても通用しないだろう、あと数年したら線路の中に消えていく儚い命なのだろうと真剣に思っていました。
その後、就職のために東京に出て、社会の中で理学療法士として働けていたことは大きな喜びでした。一度は結婚も経験して、家族を持つことは実に喜ばしいことでした。家族が解散したり、車に轢かれたり、落ち込むこともあったのですが。ライト級で王座を取った後のことも、今になれば痛々しい時間だったでしょう。柄にも無く、はしゃいでいましたから。まあ、世間様並みにはしゃいでなかった気もしますが。
この1年間、生きていて良かったと思える時、もうこんな惨めな思いはしたくないと思う時、両方がありました。自分がいかに無力で無価値な存在だと感じている日々が続いていました。
相変わらず、話が右往左往しまして恥ずかしい限りですが、どうせ、今後もそんな生き方しかできないでしょう。格闘技に夢を見ていた自分には申し訳ないけれども、終着駅としては相応しいんじゃないでしょうかね。勝負して、最後の審判を受け入れようと思っています。勝つつもりでいますけど。これまで、知らないところに行きたいと思った瞬間もありましたが、僕はこの場所で終わろうと思っています。海外なんていかない。メジャーにもいかない。僕はここだ。
2024/08/01 岸野 Jusetice 紘樹