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幸せと平安

今日は1月19日木曜日、こんばんは岸波豊です。

この記事は、前々回ご紹介したアンデシュ・ハンセンさんの「ストレス脳」の感想編です。

不安でないことの反対概念を幸せとしてるからでしょうか、「ストレス脳」では、幸せについて、追い求めるものではない、とされています。

不安の対概念は、日本語では、平安、平穏でしょうか。
前回のタイトルは自画自賛できそうな、人類皆不安中毒。不安から注意をそらそうとしても、なかなかうまくはいかなさそうです。
しかし、まだ、瞑想という方法でもって、平安とか、平穏とかが、どういうものか、日本人は割とイメージしやすいかもしれません。

対して、幸せ。今が幸せ、であるのは、何かが満たされている、というときが多いでしょう。
「ストレス脳」では、人は自分の期待と経験とを比較して満たされている、満たされていない、を判定してしまうと言います。
期待が高ければ、幸せは遠のく…期待を引き上げる広告や他人などを見て、自分と比較し、満たされているかどうかを判定するならば、それでも果てしなく競争に打ち勝っていくか、負けたまま幸せになれないかどちらかになります。
これに対する処方箋は、幸せは無視すること、ということでした。

幸せを無視してどうするか。結局、不安にとらわれないで今ここに集中する、平安平穏でい続けることでしょう。

幸せは、やはり、何か(平安)より引き上がっていなければならないもの。人と協力して何かをなしとげていく過程そのものに、幸せを感じているならば、それこそまさに、幸せなんでしょう。

とはいえ、それは結果論にとどめ、もっぱら不安中毒をそらし、平安につとめていきたいものです。
示唆の多い本でした。また、折を見て取り上げていきたいと思います。

おやすみなさい