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夜の海底トンネルを歩く男 feat.オウマガトキFILM
『逢魔時ノ裏通リ』夜の海底心霊トンネルを独りで歩く男
自分の足音が灰色の壁に囲まれた空間にこだまする。それ以外は、壁の上の方に無造作に取り付けてあるスピーカーからの、ザァーというノイズしか聞こえない。
分厚いコンクリートで出来た壁。長年に渡る汚れがその表面にまだらな濃淡を作り、じっと見つめていると人の顔のように見えてくる。
ただの気のせいだ。
不気味な壁の模様も後ろからついて来るひそやかな足音も気のせいに決まっている。
この閉鎖的で異質な空間に囚われ敏感になっているだけだ。
男はそう自分に言い聞かせ、地下へ続く階段を、再び降り始めた。
壁に取り付けられた無機質なプレートには「六階」とあった。最下層の地下十一階まで、およそ半分の距離を降りてきたことになる。
最下層には真っ直ぐに伸びた通路があり、その通路は海の底を横切り対岸へ至る。この地下通路は水深三十メートルの海の底にあるのだ。
もしもコンクリートの壁にヒビが入って海水が流れ込んできたらひとたまりもない。きっとあっという間もなく押しつぶされてしまうだろう。
男は息苦しさを覚えた。
おぞましい想像を頭から振り払い、再び、男は階段を降り始める。
海を見たのはいつだっただろう。
記憶をたどってみても、いつか見たはずの海の記憶は薄らぼんやりしており、掴みどころがなかった。確かなのはこの地下通路の孤独な閉塞感だけだ。
孤独。男は孤独だった。
ここには彼しかいない。
そうだ。海を見たいな。海を見に行こう。通路を渡り地上へ出れば、海が見える。いつか見た海に会いに行くんだ。
七階。
八階。
九階。
深く、もっと深く。
地下へ、さらに地下深く。
そしてついに、男は深淵にたどり着いた。
目の前には遥か先まで伸びている通路がある。黄ばんだ明かりに照らされ、かすかに湾曲しているためなのか、通路の終点は見えなかった。
背後で物音がした。
はっと振り返る。
やはり気のせいだ。
ここには自分しかいないのだから。
今までここで誰にも会ったことはない。
だから気のせいに違いない。
昏い目で通路の遥か彼方をひたと見つめ、男は歩き出した。
あたりに満ちるラジオのノイズ。そこに混じる苦しげなうめき声。耳元で囁く女の声。
おまえは…俺たちの…どこへ行く…の….ど…へも…行け…いのに…。
耳を塞ぎ、真っ直ぐ前だけを見て、疲れ切った足を引きずりながら、男は前へ進む。
前へ。遥か彼方に存在するはずの、いつか見た海を目指して…。
♦︎この作品および画像はYouTubeチャンネル『オウマガトキFILM』様のご了解を得て掲載しています。
♦︎ホラーレーベル【西骸†書房】蒼井冴夜
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