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【ハードボイルド】カレン The Ice Black Queen 第十話

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♦︎あらすじは第一話をご覧ください。

思い出と嘘と

 マスタングの助手席に乗り込んだカレンは、物珍しそうに車内を見回した。そしてすぐにそれに気がついた。

「これは、香水の匂いね。かすかだけど。車用のものじゃないわ」
「そうだな。香水の瓶を置いてあるんだ。シートベルトをしてくれ」

 エンジンをかけ、ミラーを見る。怪しいやつは見当たらない。今のところは。

 クラッチを踏み、ギアを入れる。バックミラーに護衛のパトカーが写っている。

「ねえ。聞いてもいい?」
「なんだ」
「どうして探偵さんの愛車にアザロの香水瓶があるの?」
「よく銘柄がわかったな」
「それで、どうしてなの?」

 なぜカレンがそこに執着するのか疑問だった。が、別に隠す理由もないので、俺は質問に答えてやることにした。

「自分へ戒めなんだよ」
「よくわからないわ」
「二年前だ。ある女を、俺は助けることができなかった。俺のせいで彼女は死んだ」
「…それで、アザロは?」
「彼女がつけていた香水さ。彼女の死を、自分の不甲斐なさを忘れないために、ここに置いてある」
「そうなのね」
「ああ。そうだ」

 カレンが黙った。何かを考えているようだ。俺もカレンに確かめたいことがあった。

「病院で君は、エミリに殺されたくないと言った」
「ええ」
「嘘だな」
「…」
「嘘だろう」
「どうして嘘だと思うの」
「いや、違うか。君は重要なポイントを言っていないだけ。そうだろう」
「…」
「君の話術だ。みんな騙される。君が冷たい女であると思い込む」
「自分がどう思われようとかまわないわ」
「俺が君の言葉を補足してやる。エミリに殺されたくないと思っているのは事実だが、それは、エミリを犯罪者に、殺人犯にしたくないから。そうだろう」
「同じでしょう?」
「違う」

 警察や俺の事務所で"殺されそうだが犯人の心当たりがない"などと、カレンがあやふやな相談をしたのは、そういう理由があったからだ。

 自分の身辺で警察や探偵がうろうろしていたらエミリも諦めるだろう。そう思った。娘を気遣っているからこそだ。

 そうでないなら、事情をちゃんと説明してエミリを捕まえさせればよいだけの話だ。

「君の娘はどこで格闘技を覚えたんだ」
「知らないわ」
「嘘だな」
「もう!なんて意地悪な人なの?」

 さすがに怒ったのかと思ったら、そうでもないらしい。相変わらず表情が読めない顔だが、声が怒気を含んでいない。ここはとりあえず謝っておこう。

「すまなかった」
「どういたしまして」
「それで?」
「…」
「誰から教わったんだ。アイクか?」
「ねえ。いつもこんな風に押しが強いの?」
「相手によるかな」
「わたしが女だから?」
「それは関係ない」
「それならどうして単刀直入に聞いてくるの?」
「君には小細工なしで単刀直入に尋ねたほうがいいと思ってね」
「それって褒められているのかしら」
「さあどうかな」
「あなたって面白い人ね」
「そうでもないさ」

 カレンが黙り、また口を開いた。

「アイクはカラテとマーシャル…」
「マーシャルアーツ?」
「そうそれ。カラテとマーシャルアーツの達人なのよ」
「それでエミリに教えたのか?」
「多分ね。私は二人を捨ててチェスの世界へ行ってしまったから」

 頭の中で、俺が知っている情報を時系列順に整理する。

 リカードが死んで、アイクと組んだのがカレンが十五歳の時だ。その後、十九歳で世界ランカーを公式トーナメントで破り、脚光を浴びた。十六歳でエミリを生んだとして、カレンが有名になった頃はエミリはまだ三歳。いったい誰がエミリの面倒を見たのか?その質問をカレンにぶつけてみたところ

「さあ。わからないわ」

 予想どおりの返事があった。自分で考えろ、というわけだ。

 アイクにとってカレンは何だろう。賭けチェスで儲けさせる金づるか。警部補はそう考えているはずだ。だが俺は違うと思っていた。

 カレンを情婦にした、まではわかる。だが、その情婦に子どもを産ませ、その子どもを施設などに入れずに大切に育てた。なぜそれがわかるのかというと、エミリが父親の技を継承しているからだ。大人の男を叩きのめせるほどに、格闘技で飯を食っていけるほどに強いのは、父親であるアイクが手取り足取り熱心に指導したからに決まっている。

 そうだとしたら、エミリを我が子として育てたとしたら、アイクはカレンを愛していたのではないか。たとえ二十ほども歳が離れていたとしても、アイクという男がギャングだったとしてもだ。

 するとどうなる。
 そうか。もしかしたら。


第11話へ続く

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