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【ハードボイルド】カレン The Ice Black Queen 第四話

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められた探偵

「だから言っただろう。誰かが嘘をつくと誰かが怪我をするってな」
「ああ。だが怪我じゃなくてそいつは死んだがな」
 警察に連行された俺とカレンは別々に事情聴取を受けた。俺の担当はあの太った警部補だった。俺の前に透明なビニール袋に入れた拳銃をゴトっと置き、椅子にふんぞり返ってみせる。
「その拳銃、見たことあるよな。死体のそばに落ちていたんだ」
「あるよ。俺の拳銃だ。ちゃんと許可を取ってある」
「そうだ。あんたの拳銃だ。で、撃ったのか」
「俺じゃない」
「ほう。じゃあ誰が撃ったんだ。あんたと一緒にいた嘘つき女か」
「俺でもカレンでもない。現場に着いたらすでに死んでいたんだよ。それにさっきも言ったが、俺のベレッタは今日の午後に俺を暴行したやつらに奪われたんだ」
 もう一丁の拳銃が、またゴトッと置かれた。俺のベレッタよりも少し小ぶりだ。
「こっちは警官が到着したときのあんたが持っていた拳銃だ」
「ああ。カレンから借りたのさ。ライフルを持ったやつ相手に丸腰で戦いを挑むほど愚かじゃないんでね」
「あんたが現場にいた事情はわかった。だがどうしてあの女まで連れて行ったんだ。たった今、あんたは相手はライフルを持ったやつだって言ったよな。それがわかっていてどうしてそんな危険な場所に女連れで行ったのか、その理由を俺が納得できるように説明してくれ」
「あの時は、カレンを一人で置いておくのは危険だと思ったんだ。確かに警部の言う通りだ。レーザーサイトライフルで狙われるなんて初めてだったから気が動転してたらしい」
「ふうん」
 不満そうに鼻を鳴らし、警部補は俺を睨んだ。俺の言葉を信用していないとその顔に書いてある。細かな部分までカレンと口裏を合わせる暇がなかったから、嘘がバレるのも時間の問題かもしれない。
「カレン、カレン、カレン!いつの間にそんなに仲良しになったんだよ」
「大事な依頼人だからな。それに命を狙われていると言っていたのは今回の件で嘘じゃなかったと証明された。守るのは俺の役目だろうが」
「それで彼女は誰から狙われていると言った。聞いたんだろ」
「いや。まだだ。聞こうと思ったタイミングで狙撃が始まった」
「彼女に呼ばれたのか?」
「ああそうだ。詳しい話は自宅でしたいからと」
「でも相手が誰なのかまだ聞かされていないってか?」
「そうだ」
「なあ。今までのあんたの供述が本当だとしたら"間抜け"の一言で要約できる」
「…言ってくれるじゃないか警部」
 苦笑するしかなかった。実際に今日の俺は間抜けだった。拳銃を奪われそれが殺人に使われて、俺が犯人にされようとしている。罠にハマった間抜けな探偵だ。
「彼女を信用しているようだが、こう考えることもできるぞ」
「ん?」
「ライフルの狙撃は彼女が仕組んだ嘘だ。誰かに狙われていると我々に思わせたい」
「それは違う」
「まあ聞け。狙撃者がいたのは道路向いの建物の九階の部屋だ。彼女の住まいは十階。狙撃者の位置からは彼女の部屋は満足に狙えない。スナイパーはターゲットより高い所から狙うのが常識だ。ここから導き出されるのは、死んだスナイパーは彼女を本気で撃つつもりなどなかったという事実だ」
 わざわざ指摘されなくても、その可能性はとっくに思いついていた。狙撃者の射線は俺とカレンが座っていた位置よりはるか上だった。警部補言うとおり、カレンを狙撃するつもりなどなかったのだ。
「窓に近づいたところを撃つつもりだったのかもしれないぞ」
「そりゃあずいぶん間抜けなスナイパーだな。いつまで待てばチャンスが訪れるのかわからんじゃないか。彼女が窓際に寄ってくるのをずうっとあの場所で待ってなくちゃいけない。間抜けな探偵に間抜けなスナイパーか。傑作だな」
 取り調べ室のドアが開いて若い警官が警部補を呼んだ。
「ちょっと席を外す。その間に、嘘がバレた時の言い訳でも考えておけよ」
 ドアが閉まって一人になると、疲れがドッと押し寄せてきた。しかしまだ今日という日は終わっていない。疲労でぼんやりした頭は考えがまとまらなかったが、考えなくてはいけないことが山積みだった。
 まず、どうして狙撃者は殺されたのか?カレンが狙われたのが本人の仕組んだ芝居でも誰かの脅しであっても、どちらの場合も殺す意味がない。
 それから死体の状況だ。正面から眉間を撃ち抜かれていたと同時に首が折れていた。いわば二重に殺されていたのだ。
 壁に散った血痕から、俺が踏み込んだ時の、床に座った状態で前から撃たれたとわかる。立っている状態で撃たれて床に座り込んだんじゃない。もしそうなら壁の血痕が擦れたりするはずなのに、綺麗なものだった。

 だとしたらどうなる。
 撃ってから折ったのか?

 いや違う、逆だ。首を折って殺してから、死体を座らせて正面から俺の拳銃で撃った。おそらく、髪を掴んで頭を持ち上げておいて狙いを定めて至近距離で、ズドン。

 しかしなぜそんな無駄なことをする必要がある?

 答えは俺を巻き込むためだ。

 殺人の罪を擦りつけるのは無理だ。警察だって馬鹿じゃない。現場の状況と死体を調べれば、先に首を折られたとすぐにわかるだろう。俺がそんなことする必要はないし、殺人に使用されたベレッタを持っていなかったのはカレンが証言してくれるはずだ。

 考えろ。そうだ。どうして一編に起きたのだろうか?

今日起きたことはこうだ。
1 カレンが警察に行き、その足で俺の事務所に来た。
2 カレンの住まいに行こうとした俺が暴行されて拳銃を奪われた。犯人は二人組の男だ。
3 謎の少女が救急車を呼んだ。
4 病院からカレンの住まいに向かい、会話中にライフルで狙撃される。
5 その狙撃犯の男が向かい側の建物の部屋から死体で発見される。現場には奪われたはずの俺の拳銃が落ちていた。

 なぜ今日なのか。どうして俺が居合わせた時にカレンの住まいを銃撃したのか?他の日だって、昨日でもその前でも、家にいるところを狙撃するなら、わざわざ客がいる時に決行する必要はないが。

 偶然なのか?それとも現場に呼び寄せたカレン以外の第三者の証言が欲しかった?

 しかしその考え方を押し進めたらカレンを疑わざるを得なくなってしまう。警部補が疑っているように、すべてカレンの狂言芝居だと。そう考えたくはなかった。だが、危険を顧みず、銃を構えたカレンがわざわざ殺人現場にやってきた理由は?本当に俺を心配してくれたのか?そう信じたいが。

 混乱してきたので、とりあえず考えるのをやめた。ちょうどそこへ警部補が戻ってきた。デスクに乗った二丁の拳銃を俺に押しやってから、さっきのように椅子にふんぞり返る。
「あんたのベレッタM92Fと彼女から借りたというベレッタM8000。ベレッタ同士で仲が良いな。偶然か?」
「偶然だな」
「だが俺は偶然なんぞ信じない」
「そう言われてもな。偶然だよ」
「こっちのベレッタはあんたの登録だ。で、こっちの小さい方のM8000は誰の名義だと思う?」
「…カレンの元夫なんだろう」
 少し考えてから適当に答えた。だが、そうじゃないかという予感がしたのだ。俺に与えたスーツもきっとそうだ。
「当たりだ。知ってたのか?」
「いや。偶然だよ警部」
「ふうん。本人に聞いたら結婚していた頃に何かのプレゼントでもらったとさ」
「ほう。気の利いたプレゼントだな」
「彼女の別れた夫を知ってるか?」
「会ったことはない。確か、貿易会社を経営してるんじゃなかったか。当時、年の離れた資産家と電撃結婚とかニュースになった記憶がある」
「資産家だったのは昔の話だ。数年前、事業投資に失敗して、今では借金まみれらしい」
「どうしてそんなに詳しいんだ」
「ルペス・デ・ルドリーゴは知ってるよな」
「ああ。この街の裏社会のボスだろう。面識はないが、仕事柄、よく名前を耳にするよ」
 港近くに"サンタマリア"という会員制のクラブがある。ルペスはそこのオーナーだ。他にもいくつかの飲食店を経営している。
 表の肩書きはそれらの経営者だったが、ルペスが禁制薬物の違法取引や恐喝などの犯罪行為を裏で仕切っているのはこの街では公然の秘密だった。何度か逮捕されたが立件されることなく証拠不十分で釈放されている。大都市のギャングや政治家の後ろ盾があると、もっぱらの噂だった。
「そのルペスがカレンの元夫と何の関係がある」
「彼女の別れた夫、ガルシア・マルコスはルペスに多額の借金がある。ガルシアの会社は貿易業だ。ルペスはどうやって禁制品を密輸入していると思う?」
「ガルシアが手助けしていると言うのか」
「まだ証拠までは掴んでいないがな」
「話の途中で申し訳ないが、ガルシアやルペスの件と、カレンが襲われたことに何の関係があるんだ」
「それが関係あるんだよ」
 ふふんと笑った警部補は、取っておきの秘密を打ち明けるように言った。
「死体の身元がわかった。ケント・マックィーン。二十八歳。軍歴あり。二年前に除隊。除隊の原因は酒に酔って女を暴行した罪による」
「それで?勿体ぶらないでさっさと教えてくれ」
「軍をお払い箱になったケントはルペスに雇われた。わかりやすく言えば子分だな。ヤクザが汚い仕事をやらせるチンピラだ」
 繋がった。しかし繋がったことで余計にわからなくなった。

 どうしてルペスがカレンを脅すのか?
 ルペスでなければガルシアなのか?
 だが別れた妻を脅して何の得がある。
 いや。
 相手がヤクザ者なら、そうでもないか。

「これであの女の狂言だと決まったようなもんだ。ルペスもガルシアもカレンもみんなグルなんだよ。警察も探偵も騙されてるってわけだ。ああ、騙されてるのは間抜けな探偵だけだった」
「それならどうしてケントは殺されたんだ」
「んん?それは…まだわからん」
 動機。カレンを脅す理由なら、いくつか思いつきそうだ。どれも嫌な理由だったが。
「カレンは何と言ってる。今、どんな様子なんだ」
「女は帰した。とりあえずは被害者だし、拘留する理由もないからな」
「帰した?いつだ」
「一時間前ぐらいか。それがどうした」
 嫌な予感がした。じわじわと何かが浮かび上がってくる。
「護衛は?また襲撃されるかもしれない」
「警察を馬鹿にするなよ。護衛はつけてある。当たり前だろうが。自宅までパトカーで送り届けてやり、さらに周辺は警備の警官で固めてある。俺がもういいと言うまで二十四時間監視態勢だ」
「どうしてこの銃を返してやらなかったんだ。今のカレンには武器がない」
「この拳銃はあの女のものだが、持っていたのは女ではなく、あんただからな。そう簡単に証拠品を返せるものか。それに、何を心配しているんだ。護衛はつけてあると言っただろうが」
 そう言う警部補の目にも不安の色が見えた。さっきから俺が感じているわけのわからない不安が移ったようだ。
「知恵を貸してくれ警部。考えを整理したい」
「どうした。あんたらしくないしおらしいことを言うじゃないか。それに俺は警部じゃない。警部補だ」
「そんなことはどうでもいい。どうして首が折れた死体を俺の拳銃で撃ったと思う」
「あんたが撃った可能性は除外してだな」
「そうだ」
「それは決まってる。あんたに罪を被せるためだ」
「そんなことをしても俺がやったんじゃないとすぐに警察にバレる」
「ああそうだ。あんたがやったなんて最初から思っちゃいない。あんただったらもっと手際よく片付けるだろうからな」
「だったらどうしてだ。あんなことをして犯人に何の得がある」
 警部補の眉間にシワが寄る。俺の脇の下には嫌な汗が溜まり始めている。
「俺たちはあんたをここへ連れてきてこうして尋問している。犯人の目的はそれじゃないか」
「俺を警察に連行させるためか」
「そうだ。ここで長い時間、足止めさせる」
「するとどうなるんだ」

 すると…俺はここに一人でいる。
 カレンは先に帰った。

 ああ、それだ!

「カレンが危ない!」「狙いは女か!」

 俺と警部補が同時に叫んだ。

「女が一人になったところを狙って…しかし、彼女には護衛がついているんだよ!彼女からあんたを引き離すのが目的だったとしても、警戒態勢は万全なんだ」
 それを聞いても不安は消えなかった。逆にどんどん増していく。
「セキュリティーが万全の部屋に入るにはどうしたらいいと思う」
「中から開けさせるのはどうだ」
「それは良い手だ。カレンをここへ連れてくるあいだ、彼女の部屋はどうしていた?」
「襲撃を受けた現場だから、見張りの警官を残してある」
「鍵はかかっていないんだな」
「そりゃそうだ。現場を調査中の鑑識班やら警官が出入りするのに、いちいち施錠していたら面倒この上ないだろう」

 そうか。それが狙いだ。セキュリティが万全の部屋に入るには、セキュリティ自体を解除させればいい。

「頼む。カレンが危ない。俺を彼女の家に連れて行ってくれ」
「だから警備の警官が…」
「どさくさに紛れてカレンの部屋に潜んでいる。警官に化けているかもしれない」
「なんだと」
「部下の顔は全員わかるのか警部」
「当たり前だ」
「部下じゃない警官はどうだ。他所よその署からの応援は?」
「ぬう。それは無理だ。自分の部下と、知り合いの警官以外の顔はわからん。くそったれが!」


第五話へ続く

♦︎純愛100z%【大人Love†文庫】星野藍月

♦︎ホラーレーベル【西骸†書房】蒼井冴夜

♦︎官能小説【愛欲†書館】貴島璃世


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貴島璃世🖋️作家༒レーベル【愛欲書館(官能)&蜜恋ロマンス(TL)】主宰
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