
金融所得課税:富裕層、中流層、低所得層への影響
近年の金融市場の活況や、少子高齢化に伴う社会保障費の増大を背景に、金融所得課税は大きな注目を集めています。特に、2025年1月からは富裕層向けの金融所得課税の導入が決定しており、その影響について関心が高まっています。
本稿では、金融所得課税の種類、税率、そして富裕層、中流層、低所得層それぞれへのメリット・デメリット、金融所得課税の目的、現状、各所得層への影響、そして金融所得課税に関する議論について詳しく解説していきます。
金融所得課税の種類と税率
金融所得課税とは、株式の配当所得、預貯金の利子所得、債券の利子所得、FXの利益など、金融商品から得た所得にかかる税金のことです 1。これらの所得は、所得税や住民税の対象となり、所得の種類や金額によって税率が異なります。
主な金融所得と税率は以下の通りです。

源泉分離課税:金融機関が所得税を源泉徴収し、納税者に代わって納税する制度です。確定申告は不要です。3
総合課税:給与所得や事業所得など、他の所得と合わせて税額を計算する制度です。確定申告が必要です。3
申告分離課税:他の所得とは分離して税額を計算しますが、確定申告が必要です。3
各所得層における金融所得課税のメリット・デメリット
金融所得課税は、所得層によってメリット・デメリットが異なります。
富裕層
メリット:
分離課税を選択することで、累進課税よりも低い税率で課税される場合がある。1
タックスヘイブンを利用することで、税負担を軽減できる可能性がある。ただし、近年では、国際的な情報交換の強化により、タックスヘイブンを利用した租税回避は困難になっている。4
デメリット:
金融所得課税の強化により、税負担が増加する可能性がある。
2025年1月からは、富裕層向けの金融所得課税が導入される。1
国外財産調書制度により、海外に保有する金融資産を税務当局に報告する義務がある。4
中流層
メリット:
源泉分離課税の場合、確定申告が不要で手続きが簡便。
NISAやiDeCoなど、投資優遇制度を活用することで税負担を軽減できる。
デメリット:
金融所得課税の強化により、投資意欲が減退する可能性がある。
低所得層
メリット:
金融所得が少額であれば、税負担は大きくない。
総合課税を選択することで、配当控除などの優遇措置を受けられる場合がある。3
デメリット:
税制の知識不足により、適切な課税方法を選択できない可能性がある。
金融所得課税の目的と現状
金融所得課税の主な目的は、以下の2点です。
税収の確保: 国や地方自治体の財政を維持するために、税収を確保する必要がある。
公平性の確保: 所得の種類にかかわらず、公平な税負担を確保する必要がある。
現状では、金融所得は他の所得と比べて低い税率で課税されている傾向があり 5、所得格差の拡大に繋がっているという指摘があります。5 特に、高所得者層では所得に占める金融所得の割合が高いため、税負担が相対的に低い「1億円の壁」問題が指摘されています。5
また、コロナ禍は富裕層への富の集中を加速させており 6、金融所得課税のあり方が改めて問われています。金融所得課税を巡っては、分配(格差是正)のほか、市場(株価)へのインパクト、イノベーションや創業促進、「貯蓄から投資への流れ」など、様々な論点が存在します。6
金融所得課税に関する議論
金融所得課税については、様々な議論があります。
税率の一体化: 金融所得課税は、他の所得と比べて低い税率で課税されているため、税率を引き上げるべきだという意見があります。7 一方で、税率を引き上げると、投資意欲の減退や税収の減少に繋がるという懸念もあります。
金融所得課税の一体化とは、金融商品の課税について他の所得と区分したうえで、課税所得の計算上、所得と損失とを合算(相殺)することを認めることです。これにより、金融商品間の課税の公平性・中立性を図り、投資家にとって簡素で分かりやすい税制の実現を目指します。8
公平性: 多様な金融商品を同じ税制の取扱いとすることで、金融商品間で水平的な公平性が確保されます。8
中立性: リスク性商品と無リスク性商品の間で、税制による有利不利が生じないようにすることで、投資家が中立的な立場で金融商品を選択できるようになります。8
簡素性: 簡素で分かりやすい税制を整備することで、投資家の申告等に要する負担、税務当局における行政運営コスト、金融機関における事務負担を低下させることができます。8
総合課税化: 金融所得を総合課税の対象とすることで、税負担の公平性を高めるべきだという意見があります。5 しかし、総合課税化すると、高所得者層の税負担が大幅に増加する可能性があります。
損益通算の範囲: 株式等の譲渡損失の損益通算制度は、投資リスクを軽減する効果があります。3 損益通算の範囲を拡大することで、より多くの投資家が恩恵を受けられるようにすべきだという意見があります。9
富裕層課税の必要性: 制度的に課税上優遇されている金融資産は富裕層に大きく集中していることから、富裕層の課税のあり方を変えることにより、金融所得税制一般に変更を加えなくても負担の適正化に有効に対応することができると主張する意見もあります。6
国際的な税制競争: 経済のグローバル化やデジタル化を受けて、世界的にみて、国境を越える移動が容易でない労働所得等への課税が重くなる一方、国境を越える移動が容易な金融所得等への課税が軽減される傾向にあります。5 このような国際的な税制競争の中で、日本はどのように金融所得課税を設計していくべきか、議論が必要です。
主要国における給与所得課税と金融所得課税の概要を以下に示します。10
| 国 | 給与所得課税 | 株式配当所得課税 | 株式譲渡益課税 | |---|---|---|---|
| 日本 | 5%~55%(総合課税) | 20.315%(源泉徴収、申告不要を選択可能) | 20.315%(特定口座において源泉徴収を行う場合は申告不要を選択可能) |
| アメリカ | 10%~37%(連邦税) | 0%、15%、20%(適格配当の場合) | 0%、15%、20%(長期キャピタルゲインの場合) |
| イギリス | 0%~45% | 7.5%~38.1% | 10%~28% |
| ドイツ | 14%~45% | 26.375%(源泉徴収の上、申告不要を選択可能) | 26.375%(源泉徴収の上、申告不要を選択可能) |
| フランス | 0%~45% | 30%(源泉徴収の上、申告不要を選択可能) | 30% |
この表から、日本の金融所得課税は、主要国と比較して低い水準にあることが分かります。
国際的な租税回避防止: CRS(金融口座情報の自動的な情報交換制度)導入による税のDX化が進展し、オフショア金融資産の残高が世界的に減少しています。4 これは、国際的な租税回避防止の取り組みが成果を上げていることを示しています。
結論
金融所得課税は、経済状況や社会情勢によって変化する可能性があります。今後、金融所得課税に関する議論は、国内外の動向を踏まえながら、引き続き行われていくと考えられます。
本稿で解説した内容を参考に、ご自身の所得や投資状況に合わせて、金融所得課税について理解を深め、適切な投資戦略を検討していくことが重要です。
具体的には、以下のような点に留意する必要があります。
金融所得の種類と税率: 投資する金融商品によって、異なる税率が適用されることを理解しておく必要があります。
課税方法の選択: 総合課税と分離課税のどちらを選択するかによって、税負担が大きく変わる可能性があります。
投資優遇制度の活用: NISAやiDeCoなど、投資優遇制度を活用することで、税負担を軽減することができます。
国際的な税制動向: 金融所得課税は、国際的な税制競争や租税回避防止の取り組みとも密接に関連しています。これらの動向を注視していく必要があります。
金融所得課税は複雑な制度ですが、基本的な知識を身につけることで、より有利に資産運用を行うことができます。
引用文献
1. 【2025年版】金融所得課税とは?仕組みや1億円の壁、最新の動向についてわかりやすく解説, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.orixbank.co.jp/column/article/268/
2. 金融所得課税の一体化に向けての論点と在り方 - 国税庁, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/ronsou/60/02/hajimeni.htm
3. 株式・配当・利子と税 - 国税庁, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/04_5.htm
4. いまさら聞けない金融所得課税(1億円の壁) | 研究プログラム, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4571
5. 金融所得課税の議論に欠けている視点 - Research Focus, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.jri.co.jp/file/report/researchfocus/pdf/13056.pdf
6. 金融所得課税・富裕層課税の新たな展開 - 財務省, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list8/r157/r157_6.pdf
7. 金融所得1億円の壁問題と金融所得課税一体化 - 青山財産ネットワークス, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.azn.co.jp/column/20220411-907.html
8. 金融所得課税の一体化, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.fsa.go.jp/singi/shotokukazei_ittaika/siryou/20210510/02.pdf
9. 金融所得の実態に関する分析 - 日本証券業協会, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.jsda.or.jp/about/teigen/tougi/kinyusyotoku.pdf
10. 金融・証券税制に関する資料 - 財務省, 1月 25, 2025にアクセス、 https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/b06.htm