バーガーショップ
「Cafe the high Island」
やや控えめではあるけれど
なんとも趣きのあるそのサインボードに
小さく会釈をしてから店内に入ります。
こげ茶色に光ったアンティーク調のカウンターには
8つほどの椅子があり
他にも4人掛けのテーブル席5セットが並ぶくらい
適度に伸びやかな空間のお店なのです。
60’sみたいな「オールドアメリカン」な雰囲気で
それがマスターの趣味なのか
詳しく訊いたことはないけれど
そこに流れるBGMはオールディーズロックなんかではなく
ラジオの野球中継だったりします。
そのラジオ自体もアンティークな外装で
お店の雰囲気にもよく溶け込んでいて
もしカメラでその空間を切り取ったなら
本当に「カッコいい画」の写真になるのにな、と
アンはずっと前から思っています。
でもスピーカーから流れるのは
エキサイトした実況アナウンサーの絶叫なのです。
どうやら贔屓のチームが勝っているらしく
マスターはカウンターの向こうで口笛を吹いています。
お客が少ないのもあまり気にはしていないようです。
「アン、今日は一人かい?」
視線でカウンター中央の席にアンをエスコートしながら
マスターは言いました。
「二人で来るつもりだったんだけど・・・
なんだか仕事が忙しいんだって。」
そう答えたアンに
マスターは少しだけ心配そうに
「そうか。
学校の先生ってのは何かと忙しいんだな。」
何かの仕込みでもしているのか
アンに背を向けながらそんなことを言ったんです。
(ん?・・・
そう言えば『彼』とはしばらく
この店に来てないな・・・)
アンは思わず顔を上気させながら
「今日はカレンと来るつもりだったの!
でも急なお客さんが入ったってさっきメールが来てさ。」
気が付いた時には
そんな「言い訳」みたいなことを
マスターに言ってしまってました。
色んなことを察したのは
アンもマスターも同じでした。
いたずらっぽく笑いながらマスターは
「なににする?」
と、オーダーを訊こうとしましたが
それを言い終わるかどうかの所で
「生ビール!!」
キッと睨みながらそう答えたアンでした。
「ホットオーレじゃなくって、かい?」
からかい気味にビアグラスを手に取り
マスターはサーバに向かいます。
学生の頃はいつも
ホットのカフェオーレを頼んでいたんです。
砂糖も入れずにそれを飲むことが
「大人っぽい事」と無邪気に信じていたと
懐かしむには早すぎる季節を思い出していたり・・・。
テーブル席の向こうの窓には
夕日を受けた街灯のある風景が広がっています。
その奥には穏やかな浜辺。
街灯に灯がともっているのかどうか
アンの席からはうかがい知れません。
マスターを相手に
嫌いではない野球の話をしながら
3杯目のグラスを空けた後
アンは軽やかにカウンター席を立ちました。
「気を付けて帰れよ。
悪い男に引っかかるんじゃないぞ!」
そう言い放ったマスターを
もう一度、キッと睨み
「今度は二人で来るね。」
そんな風にアンは答えました。
まだ暮れきらない夕景の中
ほんのわずかな時間だったのでしょうが
キラキラと光る波間を
アンはとても懐かしい気分で見つめていました。
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