深夜タクシー
そのタクシー運転手が若い女性を乗せたのは終電もとうに終わった深夜のことだった。彼が大通りを流していると女性が道端で手を上げているのが目に入った。女性の前に停車をして後部座席のドアを開ける。
「仕事帰りですか。遅くまでお疲れ様です」
「ええ、まあ」
疲れているのか女性の表情は暗く、不愛想だった。その程度のことでいちいち腹を立てたりはしない。たちの悪い客はいくらでもいるし、バックミラーに写る女性の顔立ちは彼の好みだったから、それだけでも十分だった。もちろん顔には出さない。
「どちらまでですか」
女性から告げられたのは今の場所からはずいぶんと離れた住宅街だった。夜中だから車の流れは速いものの、それでも1時間以上はかかる距離だ。
今日はこのお客で仕事の締めになりそうだな、と思いながら運転手はタクシーを走らせる。
疲れているからか、後部座席で女性は軽く寝息を立て始めた。目的地についたら起こす必要がありそうだ。しばらくは静かに走ることを心掛けながら無言で車を運転する。
目的地にそろそろ着こうかという頃になって、ようやく女性が目を開ける。車の窓から見える風景を見回して、少し焦った様子だった。
「あの、道が違うようなんですが」
「これが近道なんですよ」
言いながらタクシーはどんどんと街中を外れた郊外の方へ向かっていく。さすがになにかおかしいことに気がついたのか、女性が身を乗り出して運転手に告げる。
「ここでいいので降ろしてください」
「もうすぐ着きますから」
女性の訴えを聞かず、運転手はなおも車を走らせる。
女性はついにドアのハンドルに手をかけて開けようとするが、ロックがかかっているのか、いくら引いてもドアが開く気配はない。
ドンドン、と運転席と後部座席の仕切りとなっているアクリル板を叩くが、運転手はそれを無視して車を走らせ続ける。
街を外れ、山に差しかかかる手前の小道でようやく運転手はタクシーを止めると、無言で車を降り、下卑た笑みを浮かべて後部座席のドアを開け、反対側の端に身を寄せた女性を引きずりだそうとする。
足首を掴もうとするその手が空を切った。
女性はどことなく申し訳なさそうな顔で「すいません、私、幽霊なんです」と告げるとそのまますっ、と姿を消す。
後には座席に残ったわずかな沁みと、呆然とする運転手が残された。
運転手は叫ぶ。
「くそっ、クリーニング代と運賃を請求し損ねた!」
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