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さよなら、2020


2020/12/31。


18:00@都内のどこかのマンション

ピンポーンと室内に鳴り響いたチャイムに応じて私は玄関のドアを開ける。宅配便のお兄さんが届けてくれた年末豪華おせちセットをダイニングのテーブルの上でちらりと開けてみる。中には色とりどりの豪勢な料理が詰め込まれていた。

「おせちは頼んだし、正月の準備は万端ね」

そう呟く私に対して斜め右上方向から声が届いてくる。
ふわりと部屋の天井近くを漂っているあかときいろとみどりのさかなが、私に声をかけてきたのだ。

「食べないの?」

いつもの問いかけに私は苦笑しながら同じ答えを返す。

「食べないよ」

まあ、君のカラフルな色合いからするとおせちみたいな料理に向いていそうだけどね。私のつぶやきを気にせずに、きぶなくんは相変わらずふよふよと漂っているのだった。

19:00@瀬戸内のシェアハウス

広めのリビングルームの床を拭き上げた雑巾を絞って、橘七海は額を拭った。いくら温暖な気候の瀬戸内とはいえ冬の気温はそれなりに下がってくるのだが、忙しく立ち働いていれば汗もにじんでくる。

「彩夏、こっちの拭き掃除は終わったよ」

掃除用具を片付けながら、七海はキッチンにいる坂本彩夏に声をかけた。

「んー、ありがと。こっちの用意はもうちょっとかな」

七海がキッチンを覗き込むと、袖まくりをして彩夏が立つキッチンの鍋では美味しそうに年越し蕎麦がゆだっていた。

「いいじゃん、美味しそうだよ」

声をかける七海に対して恥ずかしそうに彩夏が返す。

「まあ、あのおじさんの料亭のお蕎麦の味には叶わないと思うけど」
「あれはあれ、これはこれだって。私は彩夏の作るおそばも好きだよ」
「ありがとね」

ここでの生活も随分と慣れてきたつもりではあるのだが、それでも毎年の年の瀬はバタバタしてしまう。もっとのんびり生活するイメージだったはずなのに、東京にいた頃よりもむしろ慌ただしい日々。
それでもここに来て良かったと七海は思うのだった。


20:00@北海道、宗谷岬

「いやぁ、なんとかここまで来られて良かったねぇ」

のんびりとした口調で呟く杉原拓海に対して、高木竜二は盛大にため息をついた。

「ホントだよ。途中で一台も車が捕まらなかったときはこのまま凍え死ぬんじゃないかと思ったぞ」

彼らはヒッチハイクでこの宗谷岬、北海道の北の端まで訪れたのだった。

「初日の出まで……まだ無茶苦茶時間があるじゃねえか、やっぱり諦めようぜ」
「えー、せっかくここまで来たのに」

ガタガタ震えている竜二に対して、拓海は平然とした表情だった。

「俺、元々寒いの苦手なんだよ。そもそもなんで北海道来るのに冬にしたんだよ。夏で良かったじゃん」
「だってさ、北海道の冬の幸、食べたくない?」
「食べたいけどさ、それは行く場所が選べる手段で来たときにしようぜ。ここまで来るのに色んな人に乗せてもらったけど、途中で寄るのコンビニとかファミレスばっかだったじゃん」
「そうなんだよね、観光で来る人達はヒッチハイクあんまり乗せてくれないよね、そこは誤算だった」

腕組みをしながらうんうんと頷く拓海。怒りを堪えながら、竜二はすっかり暗くなった海を見つめて叫んだ。

「(拓)海のバカヤロー!」


22:00@横浜のとあるバー

彼が掲げたショットグラスに私もカクテルグラスを少し持ち上げて答える。
静かにジャズが奏でられているホテルの最上階のバーで年末最後の夜を過ごす。少し赤らんだ顔で横浜の夜景を見つめながら、彼がこちらに尋ねてきた。

「今年はどうだった?」

私はバーの窓から外に上っている満月をちょっと過ぎた月を見上げて今年の出来事を思い返す。

「うーん、そりゃまあ今年は色々大変な事もあったけど、良いこともたくさんあったし、良かったかな。……月にも行けたし」

最後に悪戯っぽくちょっと付け加え、彼に向かって笑いかけると、彼もつられて微笑んだ。来年はどんな素敵な場所に連れて行ってくれるのだろう。彼と一緒ならどこまでも行ける気がする。
それこそ月の裏側だって。

23:00@某大学オカルト同好会員のアパート

「そっちの海老天もーらいっ」

テレビを見てよそ見している宗像先輩の年越し蕎麦から、東條先輩が海老天をかっさらっていった。

「あっ、ちょっと何するんですか」
「ふふん、よそ見してるのが悪いのよ」

今年の年末は誰もそれぞれの実家に帰らない、ということが分かったため東條先輩の発案により宗像先輩のアパートで年越しすることになった。
玄関のチャイムを鳴らした私たちを、宗像先輩は悟ったような表情で迎え入れてくれた。台所をお借りしてみんなで年越し蕎麦を作った後は、コタツに潜ってみんなでお蕎麦を啜る。

「蕎麦を食べ終えたら、お参りに行くわよ!2年参り!」
「嫌ですよ、寒いし」
「美沙ちゃんは行くわよね~?」
「え、あっ、はい」

いきなりこっちに振られた言葉に私は蕎麦を啜りながら慌てて答える。少しむせたかも。賑やかに騒ぐ二人を見つめながら、来年は、もっとこのメンバーで遊べたらいいな、と私は思うのだった。

23:59@この世界のどこかで


『2021年が良い年になりますように』


世界各地で告げられた言葉は、祈りとなって夜にこだましていった。
世界が苦難に沈んだ年ではあったが、幸多かれと祈る気持ちはどこでも変わりはないだろう。
過ぎゆく年に感謝を、迎える年に祝福を。

どうか世界に幸せのあらんことを。


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