vs モスキート
なんで蚊の飛ぶ音はあんなにも不快なのだろうか。
布団に入っていざこれから寝ようとするときに限って耳元で聞こえてきて、途端に眠れなくなった。
思わず一度消した電気を再びつけて蚊を探す。
電気をつけたことで隣で同じように寝ようとしていた彼氏がどうしたの、と聞いてきた。
「蚊がいたの、蚊が!羽音が聞こえたの!プーンて!」
あんまり私が騒ぐからか、飼い猫のルリもソファの裏からなにごとかと出てきた。彼氏はぼんやりと眠たげな眼でのたまった。
「俺あんまり蚊に食われないからなあ」
いやいやそんなことないでしょ、と言ってみるが、確かに同じ部屋に寝ていてもいつも蚊に刺されるのは私の方だ。
「えー、何が違うんだろう」
「味?」
「刺す前にわかるもんなのそれ?」
「なんかフェロモンがどうとか聞いたことあるけど」
フェロモンだと。そんなものが出ているならぜひとも男性に効いてほしい。
「いや俺の前でそれ言う?」
「あんただってモテる女の子の方がいいでしょ」
いやそれはどうだろう、と言われてしまった。私なら彼氏がモテるなら自慢できるけどな。
「それ自分が振られることを全然想定していないよね。どこから来るのその自信は」
「O型だからかな」
「理由になってないし。あ、でも確かO型の血はおいしいんじゃなかったっけ?」
「マジか。じゃO型やめる」
「言ってやめられるもんじゃないでしょうが」
くだらない話を続けているうちに再びどこからかプーンという音が聞こえてきた。
「待って!奴がいる。ちょっと静かにしてくれない」
ええ…、と不満げな彼をよそに私は耳元に全神経を集中する。絶対に近くにいるはずだ。
ゆっくりとあたりを見回す。
彼氏は私の横でベッドに体を起こしたままおとなしくしている。ルリはいつのまにかベッドの端に座って顔を洗っている。
ふと視界の隅に動く黒い点が見えた。私はとっさにそちらに手を伸ばしてパァンと手のひらを垂直に打ち合わせる。
やったか!?
ゆっくりと打ち合わせた手を開くが、そこには何もない。私をあざ笑うかのように再びプーンという音がする。
取り逃したか…。びっくりしたのかルリがこちらを見て目を丸くしている。ごめんねルリ。
がっくりしている私を見て彼氏が言う。
「蚊を取るときは手のひらは地面と平行に打ち合わせるといいらしいよ」
「なんで先に言わないのよ」
「いや静かにしてってそっちが言ったから…」
むう。確かに正論である。いやそれよりも問題は蚊だ。もはや安眠のためにはなりふり構っていられない。
「提案。先にやつを仕留めた方が明日昼ご飯を奢ってもらうってことで」
「いいけど、提案というより決定事項だよね、その言い方」
蚊の奴はこちらを警戒しだしたのか、プーンという音が聞こえたかと思えばすっと途切れ、周囲を旋回しているようだ。
「あ」
パァン!彼がつぶやいたかと思うといきなり両手を打ち合わせる。どうやら今度は彼をターゲットにしたらしい。
「やっつけた?」
彼が手を開いて、無言で首を振る。ルリは再びこちらを見て目を丸くしている。ごめんねルリ。
「ああもう、イライラする。なんでこんなに嫌な音なのかしら」
「蚊の音が嫌な理由か…あれじゃないかな。蚊って病原菌を運ぶじゃない?」
ふむふむ。そう言えばそうね。
「それって人間にとって脅威なわけだから、蚊の音を嫌がるようにプログラムされているんじゃないかな」
「あー、理屈としては分かる気がする。今の状況に対してなんの解決にもなっていないけど」
「もうあきらめて蚊取り線香でも炊いたら?」
「あれば炊いてるかもしれないけど、うちにはルリがいるのよ?危ないじゃない。ねー、ルリちゃん?」
先ほどから2回もびっくりさせられたルリはさぞお怒りだろうと思いきや、首を振りながら何かを目で追っていた。
一瞬、その瞳が鋭く光ったかと思うと、彼女は前足を素早く振り下ろした。
ぺち。
「あ」
「あ」
見事、明日の豪華昼食の権利はルリのものとなったのであった。
更なる活動のためにサポートをお願いします。 より楽しんでいただける物が書けるようになるため、頂いたサポートは書籍費に充てさせていただきます。