ちはやぶるは秋の神
天気も良いので紅葉を見に行こう、と言い出したのは相変わらず東條先輩だった。大学の近くに紅葉で有名な神社があるらしい。
オカルト同好会の会長である先輩が言えば、しがない平会員の私たちは従わざるをえない。まあ、たとえ会長でなかったとしてもたぶん強引に、首に縄をつけてでも私たちを引っ張っていくであろう先輩だけれども。
それに東條先輩含めて実質同好会員と言えるのは私と一つ上の男子の先輩である宗像先輩の3人だけなので、一番年上の東條先輩の意見が通りやすいのも当然かもしれない。
「いや、まだ紅葉には早くないですか?あそこの神社は結構山の麓ですし」
宗像先輩が冷静に指摘するも、東條先輩は「行ってみないと分からないじゃない」と譲らない。結局「とにかく轟ちゃん、行くわよ!」と強引に東條先輩に腕を取られて部室から連れ出される私を見かねて、宗像先輩もしぶしぶついてきてくれた。
確かに宗像先輩の言った通り、辿りついた神社ではまだ時期が早いらしく木々は色づき始めてはいるものの、本格的な見頃はもう少し後のようだった。
一通り神社への参拝を済ませた私たちは、行きも通った神社の入り口にかかっている擬宝珠がちょこんと付いた赤い橋を渡る。
「やっぱり早かったじゃないですか」
宗像先輩の指摘に東條先輩はむう、と少し不機嫌そうだった。
私はふと、橋の欄干から川を覗き込む。
「あ、でも見てください。川に落ち葉が流れてて奇麗ですよ!」
神社を取り巻くようにさらさらと流れている小川には、赤く染まった椛の葉っぱが流れてきていた。私の横に立って川を覗き込んで東條先輩が言う。
「ホントだ。山の上の方から流れてきてるのかしらね」
「風流ですねえ。何でしたっけ、ちはやぶる……」
有名な和歌を私が思い出そうとしていると、宗像先輩がさらりと続きを言ってくれた。
「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは、だろ」
「そうです、それそれ。……そう言えば竜田川ってどこにあるんですかね」
「どこだと思う?」
私の疑問に対して東條先輩がにやにやと聞いてくる。あ、これ知ってて聞いてきてるやつだ。助けを求めるようにちらりと宗像先輩の方を見ると、しばらく私と目が合った後、ぐっと握りこぶしを突き出して親指を立ててきた。
……知ってるけど教えてくれないんですね、いじわる。
いいです、自分で考えますから。えーと、昔の和歌なんだからたぶん関東じゃないよねと思い、当てずっぽうで言ってみる。
「京都とかですか?」
「惜しい!」
やたらとオーバーリアクションで東條先輩が反応する。
「正解は奈良でした!」
「あー、確かに惜しいですね」
「正確には当時の竜田川は大和川の本流、三郷町立野から大阪との境まであたりを指すらしいけどな」
いつの間にか私たちと並んで川を眺めている宗像先輩が冷静に補足を入れてきた。
「く、詳しいですね……」
「そこには龍田大社があるからな」
「あー、なんだっけ、秋の神様が祀られているところだっけ?」
東條先輩が宗像先輩に尋ねている。二人ともこういう分野になるととても詳しくて、私はついていけなくなることがしばしばだ。
「秋の神様なんてのがいるんですね」
「そう、竜田姫っている女神さまで確か秋の季語にもなってる。紅葉を赤く染める神様だな」
「へえ、なんだか素敵ですね……」
私は紅葉の柄が入った和服を着た女性の神様を思い浮かべる。
竜田姫が一振り袖を振ると、それまで緑色だった山の木々が一斉に赤や黄色の鮮やかな色に変わっていくのだ。
「いいですね、行ってみたいです」
「もう少し経ったら皆で奈良に旅行に行ってもいいかもね。紅葉狩り」
「いいですね!その、龍田大社に行けば竜田姫に会えるんですか?」
「祀られているのは摂社だけどな」
私の言葉にこころなしか宗像先輩が嬉しそうに答えてくれた。思ったより私が食いついてきたのが嬉しいのだろうか。
「一度会ってみたいですね」
「……たぶん轟も普段から見てると思うぞ、竜田姫。正確にはモデルが竜田姫だけど」
「え?」
「この時期、NHKの天気予報で見るだろ、秋ちゃん」
「あ、あのキャラって竜田姫がモデルなんですか?」
「常識だろ」
「いや常識ではないと思います」
「なんで?あんな可愛いキャラなんだからそりゃ調べるだろう」
「宗像先輩、ああいうキャラが好きなんですね……」
当然、といった風でむしろ不思議そうにこちらを見てくる宗像先輩を見ながら、そっか、ああいうキャラが好きなのかと妙に気になっている自分にちょっと戸惑う。
自分でも意外な心の動きをなぞるように、見つめる川には次々と色とりどりの秋の葉がまるで川を染める様に流れてきていた。
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