【ショートストーリー】忘年怪異
「かんぱーい!」
掛け声と共にグラスが打ちあわされる音があちこちから聞こえる。年の瀬の今日は居酒屋で忘年会なのだ。自分たちのグループ以外でも同じように忘年会らしきグループが酒を酌み交わしている。俺もビールがなみなみと注がれたジョッキに口をつけて良く冷えたビールを喉に流し込む。
「しかし今年も色々あったなぁ」
隣のやつがビールを喉に流し込みながらしみじみという。
「色々ってなんだよ」
向かいの席に座ったやつが笑いながらツッコミを入れる。確かに今年も色々あったと俺も思うが、意外と思い出そうとすると出てこないものだ。
「とりあえず今年は年明け早々地震があったろ」
「そうだっけ? もう一年近く経つから覚えていないな」
「しっかりしてくれよ。確かに忘年会には年忘れの怪異が出るっていうけどな」
「なんだそりゃ」
「知らないのか? 昔から言うだろ、年末には年忘れの怪異に記憶を持っていかれないように気をつけろって」
「ああ、そういえば昔は親にそんなことを言われてたな。思い出したよ」
横で二人の会話を聞きながら、俺はふと不安に思う。そんな話はついぞ聞いたことがなかったからだ。このあたりの独特の風習だろうか。いや待て、ここは俺の地元のはず。それなら俺も同じような話を聞いたことがあるはずだが、全く思い出せない。そんな俺の内心には気づかずに二人の会話は続いていく。
「あとは……今年は何があったかな……。ああ、そういえば選挙もあったろ」
「そうだな。久しぶりに国の大統領が変わったもんな。これで少しは日本の景気もよくなるといいんだが」
「今年はほら、アーノロン症候群も流行ったろ」
「ああ、あの時は大変だったな。特効薬が品切れになりそうだってパニックになったもんな」
俺はだんだんと不安になってくる。二人の会話の意味がうまく掴めない。これは一体なんなんだ? ジョッキを持つ手が無意識に震えている。
……そもそも、この忘年会のメンバーはなんだったろうか。職場の同僚?それとも学生時代の同級生か?酔いが回ってきたせいなのか、なんだか記憶が曖昧になっている。
冷や汗が滲んでくる。
俺は周りに問いかける。
「そもそも今年って彁妛何年だったっけ?」