サボテンと枯れ女

私は植物を上手く育てることができない。

植物自体は好きで、よく鉢植えを買ってくるのだけど、どうやっても花が咲くまでに枯れてしまう。それを半分冗談で話のネタにしていた自分も悪いのだけど、いつの間にかついたあだ名は「枯れ女」。

ついでに言えば、恋人自体はすぐ出来るのに、いつも長続きしない私を揶揄してついたあだ名でもあるらしい。

これについては事情があって、声をかけてくるのはいつも男性側からなのだけどなぜかその時点ではまだお相手がいることが多いのだ。他人からすれば私は奪うつもりもない愛を奪って、すぐに別れてしまう、愛を枯らせる「枯れ女」らしい。

口がさない人の言葉は、直接は届かなくても回りまわって私の心を消耗させる。癒しを求めて植物を入手しては部屋で枯らせてしまい、結局落ち込むことの繰り返しにすっかりうんざりとしてしまった私がこれならば、と意を決して購入したのが小さなサボテンだった。

最後の砦、背水の陣。サボテンまで枯らしてしまうとなればもう私は植物を育てるのに決定的に向いていない。きっぱりとあきらめようと決意した。

その決意が良かったのか、サボテンはとりあえずすぐに枯れることはなく、テーブルの上で静かに命を繋いでいる。そのおかけで私の心も上向いたのか、珍しくも私からの告白で新しく恋人ができた。

良かった、これで上手く行くと思ったのもつかの間、そんな時に限って身の回りが慌ただしくなる。

突然の部署異動。引継ぎもまともにできないまま、急遽出来たプロジェクトチームに配属となった。プロジェクトチームといえば聞こえはいいものの、実態は大炎上中の案件に対して適性や専門性などかなぐり捨ててかき集められるだけ人をかき集めてきた、という体だった。

連日の残業に次ぐ残業。家に帰れない日もざらにある上に、寄せ集めのメンバーではチームワークもなにもあったものではなく、お互いギスギスしながら目の前の山積みのタスクをこなす日々。
必然的に恋人ともデートどころかまともな連絡も取れず、ついに別れのメッセージがスマホに投げつけられたのはどうにかよってたかって案件の鎮火の目途がたった週末の金曜の夜のことだった。

これで終わる、という安堵感と、これで終わった、という絶望感に一度に襲われた私はお疲れ様の飲み会に参加する気力もなく、一人電車に揺られて家路に着く。

つり革に全体重を預けながら揺れる車窓に映る家々の明かりを見つめて、思い出したのはサボテンの事だった。

(あ、サボテン、ほったらかしだった…)

ここ最近は家に帰れたとしてもそのままベッドに直行してただ寝るだけの毎日だったので、サボテンのことはすっかり頭から抜け落ちていた。

(今回もダメだったな…)

そう思うのは、恋人のことだろうか、サボテンのことだろうか。もはや自分でもよく分からなかった。

精も魂も尽き果ててわが家のドアを開ける。
夢遊病者のようにふらふらと廊下を抜けてリビングを見るとカーテンすら開けっぱなしで、満月の光が部屋の中に差し込んできている。不用心にも程がある。電気をつけようとしてリモコンを探し、ふとテーブルの上を見る。


そこで見たものは、月明かりに照らされて天辺にポツンと小さな花を咲かせているサボテンだった。

月の明かりを全身に浴びて、まるで月光を凝縮したかのような黄色い花。

それを見た瞬間、私はなんだかすべてが赦されたような気がして、荷物を放り出してその場にへたり込んでしまった。

なにもかもが柔らかなその光景に包まれて、私は自分が枯れてしまうんじゃないかと思うほど溢れるがままに涙を流し、膝を抱えて座りながらそのまま寝てしまうまでサボテンの花を眺めていた。


窓から差し込む日の光に目を開けると、すでに時刻は昼を回って午後の2時。起き抜けにサボテンを見るとまだけなげに花を咲かせていた。

私はむっくりと起きだし、シャワーを浴びて着替えると、部屋の掃除をして、昼ごはんだかなんだか分からない食事を作って食べ、食後に久しぶりに豆から挽いたコーヒーを入れた。香ばしい香りの湯気を楽しみながらコーヒーを飲み、サボテンの花を見つめる。

ちょこんと咲いたサボテンの花は、きっとすぐに萎れてしまうだろう。
けれども初めて私の家で咲いた花を見つめていると、これからの事もどうにか乗り切れる気がする。サボテンの花と共に、なんだか私も生まれ変われたような気がした。


うん、そうだ。きっと私は大丈夫。サボテンの花も同意するように窓から吹き込む風に揺らめいていた。

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