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当たり、もう一本

ごとんごとん、と音を立てて自販機の取り出し口へ缶ジュースが落下する。


深夜2時の誰もいないオフィス。
明日、正確には日付を回っているので既に本日だが、締め切りとなっている報告書の作成のために三浦は一人パソコンに向かっていた。
おおよそ報告書の目途が立ち、残りは仮眠してから仕上げようと決心して、ふと思いついて飲み物でも飲もうかと廊下に出る。

そこだけぽつんと明かりがともっている自販機の前で電子マネー機能のついた社員証をかざし、少し悩んでから炭酸飲料のボタンを押す。
煙草を吸いながらだと普通は缶コーヒーなのだが、先ほどから資料作成が少し詰まるたびに喫煙所にたち、ちょこちょこ煙草を吸っていたせいでどうにも頭が痛い。いまさらスッキリとする必要もないのだが、疲れからか脳が糖分と爽快さを要求していた。
高校生の時分は部活後などにあっという間に350mLを一本飲み干していたものだが、最近ではどうにも一本飲みきれない。
まあ、誰もいないし飲みきれなければもったいないけど捨てればいいか、とそこまで考えて炭酸飲料のボタンを押したのだった。

取り出し口に手を突っ込んで缶を取りだすそうとするが、手に当たったのは2本分の缶だった。

「?」

不思議に思いながらも2本とも取り出す。たしかにさっき缶が出てくる音は2回連続で聞こえたようなが気がした。

(誰かの買った分が、詰まってでもいたかな?)

そういえば喫煙所で他部署の誰かが、あそこの自販機は時々缶の出が悪くてボタンを押しても出てこないことがある、と言っていたような気もする。
電子タバコを吸い込みながら、「だからもう一本同じのを買ってみたんだけどさ、それも出てこなくてまいったよ」とかなんとか。
そこへまた別の誰かが、「なんか飲み物買ったら3つも出てきたんだけど」と言って缶コーヒーを3本持って入ってきて、「あ、それ俺のだ。2本寄こせよ」「やだよ、お前のだって証拠ないじゃん」「そりゃそうだけどさ」などと問答を交わしていたことがつられて思い出された。

「あれ?これ別の飲み物だな」

手に取った缶を見てみると、一本は確かに三浦の押したボタンに該当する赤い炭酸飲料だったが、もう一本は細長い紫色の缶だった。

(こんなもの自販機に入っていたっけか?)

紫色の缶はいまどき珍しい細長いタイプの缶だった。一昔前は主流だったような気がするが最近ではほとんど見かけない。パッケージのデザインもやけに古めかしく、まさに三浦が子供の頃のデザインだった。不思議に思いながらもなぜか気になってその缶をしげしげと見つめる。
紫色の缶の中身はグレープジュースのようだった。しかし何か引っかかるものがある。どこかでこれを見たことがあるような……。

缶を何度もひっくり返しながら、同じようにして記憶の箱の中身をひっくり返してあちこちを探してみる。

思い当たるものがあった。

まだ小学生くらいだったころ、実家の近くにある個人経営の商店の前に設置されていた自販機に入っていたのが、たしかこのジュースだった。
こちらもすっかり見なくなったが当時はよくあった当たりつきの自販機で、小学生の三浦は月の小遣いを親からもらうと、まずその自販機でグレープジュースを買うのが習慣だった。
お金を入れてボタンを押し、ジュースが出てきた後、自販機に組み込まれた電子ルーレットが点滅してくるくると回る。
どきどきしながら見つめていると、点滅はゆっくりとなって当たりの近くまで近づくが、大概はそこで止まってはずれとなるのだった。

(そういえば、一度だけ当たったことがあったっけ)

あれは夏休みの最中だったろうか。
学校のプール開放日の帰り道。日差しがじりじりと照りつけるせいでプールで涼んだ体もすっかり熱くなってしまい、あと少しで家だというのに我慢できずに残り少ない小遣いでジュースを買ったのだった。
ただただ飲み物が買いたい一心でボタンを押す。
無欲なのが良かったのか、出てきたジュースを取りだしてその場でごくごく飲み始めたのだが、いままで聞いたことがない音が自販機から聞こえてきて、よく見ると当たりのランプが点灯していた。
律儀にもグレープジュースと同じ値段のものだけランプが付いており、初めてのことに慌てて押したのは、同じグレープジュースのボタンだった。
押してから後悔する。せっかくなら別のジュースで良かったんじゃないか。

しかし、ボタンを押してランプが消えてもジュースはなぜか出てこなかった。

ええー!?と思わず声を上げるも、当時は商店のおばちゃんに言い出す勇気もなくて、結局そのまま帰ってきたのだった。それ以来、その自販機ではジュースを買わなくなってしまったような記憶がある。

「そうだったそうだった、懐かしいな」

改めて缶を眺める。三浦の記憶の中の当時のデザインそのままだった。どうせ飲みきれないだろう炭酸飲料よりも、せっかくならこちらのジュースを飲もうとプルトップの蓋を開けて一気に飲み干そうとする。

ぶばっ、と三浦はジュースを吐き出した。

「なんだこれ、腐ってないか!?」

数十年の時をへて、三浦の手元に届いた当たりのジュースは、その間にどうやらダメになってしまったようだった。

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