花火を、君と。
毎晩帰りがけに弁当を買うなじみのコンビニの隅っこに、花火セットが並んでいるのを見かけた。まだ梅雨入りするかしないかの時期なのに、ずいぶんと気が早いんじゃないかとも思ったけれど、日に日に最高気温が更新されているのを考えると案外おかしくはないのかもしれない。
確かに気が付けば麺類の陳列棚では温めるタイプのうどんやラーメンは隅に追いやられ、冷やし中華やそうめんなどの冷たい麺類がいつの間にか幅を利かせている。
コンビニ飯一色の夕飯のラインナップもそういえば「温めますか」と聞かれる回数が減ったようにも思う。
それにしても花火か。もうずいぶんやっていない気がする。
最後にやったのはいつだったろうか。
たしか大学生の時もしたことはあるはずなのに、思い出されるのは幼い頃の記憶の方だ。
夏の盛りの暑い日に、バケツ一杯の水を汲んで、わくわくしながら庭に出る。
花火に点火するのは煙草飲みの父親の役目だった。
お父さん、お願い、と手持ち花火を差し出すと、父親は笑いながら手に持った吸いかけの煙草で火をともす。
たちまち色とりどりの火花が夜闇を明るく染めていく。
僕は花火を持った両手をぐるぐる回してあたりを駆け回る。
転ばないようにね、と母親が僕に声をかける。
笑っている父親と、心配そうな母親と、駆け回る僕。
あれはいつのことだったろうか。
気が付けば自分が煙草を吸う側になっており、入れ替わるように父親は煙草をやめていた。
変なところで世代交代を感じたものだ。
見渡す限り山ばかりだった地元を離れて就職し、今は工場が立ち並ぶ海辺の町に住んでいる。
初めて来たときは、ずいぶん潮風の匂いが強いなと思っていたはずなのに、いつの間にやら何も感じなくなっていた。
地元にいるときは憧れの場所だった海なのに、通勤で毎日海辺を車で走ってもなんの感慨も沸かなくなってしまっていた。
そういえば、海で花火はしたことがないな。
気まぐれに花火セットを一つ買って家に帰る。
玄関のドアを開けると、一足先に仕事から帰宅した妻がおかえり、と声をかけてきた。
僕はただいま、と言いながら、コンビニ弁当と一緒に持っていた花火セットを持ち上げて彼女に見せる。
彼女は少し驚いた顔をしたあと、「少し気が早いんじゃない?」と笑う。
「今年の夏の楽しみにしようかと思って」
「じゃあ、せっかくだから浜辺でやりたいね」
「うん、僕もそう思ったんだ」
誰かと二人で花火をするのは初めてかもしれない。
夏の楽しみが一つ増えた。
つけっぱなしのテレビから、夜のニュースの天気予報が流れてくる。明日もまた、最高気温が更新されるらしい。今年の夏はどうやら暑くなりそうだ。