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第4話 科学部、探検する!

 雑シダ林の中は……形容するなら熱帯雨林というか、シダジャングルというか、そのような空間だった。巨大化したシダ類がもっさもっさと生え、足元は倒木ならぬ倒シダ、枯れて倒れたシダの巨木がごろごろしている。それらは中が空洞になっているものが多く、21世紀で言うところのトクサに近い体の作りをしているようだ。

 そして、その巨大シダ類の間を縫うように、そこかしこに巨大な昆虫類がウロウロしている。
 バカでかいトンボだの、ゴキブリのたぐいだの、そんな奴が頭上をバサバサと飛び交い、足元にも目の高さにも正体不明の節足動物がうじゃうじゃとうごめいているのだ。

 そして、先程から姐御が文字通りキャーキャーとやかましい。まあ、普通の女子高生がこのようなところに足を踏み込めば、それは悲鳴を上げ続けることになるのは想像に難くないが、彼女の場合は些かその悲鳴の種類が普通の女子高生と異なり、二号のそれにかなり近いものに感じられる。

「キャー! 信じらんない、本物のメガネウラが飛んでる! 生きて動いてる! あっちはカメムシっぽい! 素敵! ちょっと二号、これ本物だよね?」
「うん、本物だねー。いやぁ、17年生きてきてこんなに感動的なことは今までなかったねー。古生代から中生代辺りの地層で化石になったヤツしかお目にかかれないようなのもいるねー」

 二号の手を掴んで振り回しながら興奮して歩く姿は、大好きな彼氏とデートしている恋する乙女……というよりはその身長差から『姉と弟』と言った方がヴィジュアル的には正しい。

「あ、見て見て、ロボク! ああもう素敵過ぎ! 夢に見ちゃう!」

 あたかも街中でアイドルに遭遇してしまった時のような反応ではあるが、遭遇しているのは節足動物とシダ類である。ここ大切。

「姐御ー、あっちのヤツ、グロッソプテリスっぽくないかなー」
「いやーん! あの葉っぱは多分そう!」

 彼らの背後では、姐御と共通の話題を持つ二号を恨めしそうに見ながら、金太がぶつくさと教授に愚痴っている。

「何二人で盛り上がっちゃってんだよあれ。俺ぜんっぜん理解不能なんだけど」
「二号先輩は気象・地学が専門分野なんだ。示準化石、示相化石って地学で習っただろ、その示準化石が目の前に生息してるもんだから興奮してると、ま、そういうわけだ。同じく姐御先輩の専門分野は生物学。あの人マニアだから、現存する生物に留まらず、そのルーツにまで手を出してる。簡単に言えばヲタクが二人でヲタ話に花を咲かせていると言ったところだ」
「つまり俺とお前が姐御先輩のバストサイズとカップサイズの当てっこをしているようなもんだな?」
「金太と話していると、たまに闇に落ちていく感覚があるな」

 頑張れ教授。負けるな教授。

「そんで、なんでお前はあれ聞いててわかるんだよ、お前物理屋だろ?」
「一応科学部だからな。でもちょっとマニアックすぎてついて行けない」

 もぞもぞと喋りながらついて行く一年生二人など気にも留めず、二年生の二人はどんどん我が道を進んで行く。というか、これは我が道というより獣道だろうか、何やら大きな生き物が通過した跡がある。

「先輩、これは?」
「うーん、なんとも言えないなー。中生代なら恐竜とかいる筈だから、あんまり遭遇したくないよねー。ジャングルの中で過ごすのは危険だから、夜はさっきの海岸まで戻ることとして、もうちょっと探索してみ……あ」
「あ?」
「金太の後ろー」
「へ?」

 振り返るとそこには何やら爬虫類っぽい顔が目の高さ・・・・に。

「ふぁっ」

 腰を抜かしそうになる金太の後ろを、それ・・は悠々と体を引き摺るように進んでいく。小さな頭に似合わない巨大な胴体、短い脚、長ーい尻尾。流線形の美しい爬虫類のような生き物。
 呼吸もできずにただ固まっていた金太は、それ・・が過ぎ去ると同時に教授に抱きついた。何故か教授が嬉しそうに・・・・・顔を赤らめている。これは、まさか。

「な、な、な、なんなんすか! 今の!」
「コティロリンクスっぽくない?」

 解説しよう。
 コティロリンクスとは、古生代ペルム紀前期に生息した大型草食動物であり、体長3.6から3.8m、体重は2tに達し、盤竜類の中でも最大級であると推測される。以上!

「かもしんないねー。それに近い生き物だねー」
「だとしたら、いつくらい?」
「古生代ペルム紀前期かなー」
「それならまだ恐竜は現れませんね」
「そうね、まだ両生類と昆虫の天国。でも爬虫類っぽいのがあちこちに見えるから、爬虫類が現れ始めたころかな。どう、二号?」
「うん、それでいいと思うー」
「了解」

 いや、ここでノート取るのか教授。しかも金太が離れて心なしか残念そうに見えるのは、作者の気のせいか。

「てか、逃げなくていいんすか?」
「あれは草食動物だよー。食べられないから大丈夫ー。とりあえず戻って、野営の準備でもしようかー」
「うん、ご飯どうしよう」
「まあどうにかなりますよ」
「じゃ、戻ろっ」

 この状況に何も不安を感じていないかのような根っからの科学部三人と、最も野生に近いと思われる不安の塊は一旦海岸へと戻ることにした。



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