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専属アラーム
「……ろ、ほら、起きろ……」
ぼんやりとした意識の遠くで、聞き覚えのある声がする。だけど、もう暫くこの微睡みに浸かっていたい。
「昨日、俺にアラームを頼んだのは誰だ?ほら、起きろ。」
はっきり聞こえるようになってきたしぶとい声は、何度も私の安眠を妨害しようとする。確か……今日は休日だから、マヒルと出かける約束をしていたかもしれない。でも、もうちょっと寝ててもいいよね。
なおも動こうとしない私に痺れを切らしたのか、マヒルの溜息が聞こえる。
「本当にお前は仕方ないな……いいのか?このままだと……」
後半部分が聞こえなかったが、どうせ大したことない脅し文句だろう。そう思った私は首を縦に振って、5分延長の許可を得ようとした。
不意にベッドが沈み、マヒルが近づいた気配がする。霞がかった意識の中で状況を把握した途端、鼻に柔らかい感触が触れ、数秒の後に離れていった。それが何なのかわかった途端に、目がハッキリと覚め、ニヤッと笑ったマヒルを認めた。
「おはよう。ようやく目が覚めたみたいだな。」
「っ⁈」
声にならない叫びをあげながら布団を被ろうとすると、マヒルの手に遮られる。
「小さかった頃、お姫様は王子様のキスで目覚めるんだって、よく言ってたよな?ああ、場所が違ったな……もう1回やり直そうか?」
「いっ、いらない!すぐに起きるからっ!」
私は脱兎のごとく、ベッドから飛び起きて洗面所に飛び込んだ。
「朝ご飯できてるから、早く来いよ。」
洗面所の扉を閉めた後ろでマヒルの声がする。
私は返事をする余裕もなく、水を出して顔を洗い出した。冷水で頭の中がクリアになっていくのを感じると共に、先程の出来事は夢ではなかったのだという実感が湧いてくる。
顔を上げ、鏡に映った私が真っ赤な顔をしているのを見て、タオルで慌てて隠す。小さい頃にそんなことを言った覚えはない。それに……あんなことをしておいて、マヒルはどうして余裕な顔ができるの?
「もうバカバカバカ!マヒルのバカ!」
くぐもった声はタオルに吸い込まれていったので、本人には届いていないだろう。マヒルへの怒りを吐き出したところで、新たな問題が生まれる。
「どういう顔して行ったらいいんだろう……」
問題の答えはなかなか出ず、私はマヒルが呼びに来るまで、タオルを顔に当てたまま座り込んでいた。なお、その後のショッピングにマヒルを散々付き合わせたのは言うまでもない。