
アクアリウム
あるものは追いかけっこをし、あるものは水草の影でかくれんぼをし、またあるものは砂の上で昼寝をしていた。
今まで見たどんな水槽よりも大きい、それの中の風景である。
自由気ままに過ごす魚たちの動きをガラスに張りついて見ていると、目の前を大きな魚が横切り、目隠しをした。びっくりした私は右後ろにいるセイヤに声をかける。
「セイヤ、今の見た⁈」
「……。」
返事がないのを不審に思い、振り返ると彼は立ったまま目を瞑っていた。どうやら水槽の中の彼らと同じで、彼もお昼寝の真っ最中のようである。
「ねぇ、セイヤ起きてよ。」
私はセイヤのほっぺたをツンツンとつつく。やがて、大きく船を漕いだ後、彼は目を開けた。
「もう見終わったか?」
眠そうな声を出し、目をガシガシと擦っている。
「さっきからずっと寝てるみたいだけど、セイヤは見たいものないの?」「俺は肉の方が好きだ。」
半ば真剣な声でセイヤが言ったが、聞こえないふりをして頬を膨らませる。せっかく2人で来ているのに、なんでずっと寝てるかなぁ。確かにアクアリウムに行きたいって言ったのは私だけど、セイヤだって、
「俺はあんたがいればどこでもいい。」
ほら、またそういうこと言う。彼のこの言葉にどれほど翻弄されてきただろうか。
「……強いて言うなら、次のエリアを見たい。」
私の気持ちを汲んだのか、セイヤがぼそりと言う。
「えっと、次のエリアは……。」
順路の看板を探し始めると、セイヤが私の手を取って引っ張った。
「こっちだ。」
どうやら次のエリアはワンフロア下に位置しているらしい。セイヤに手を繋がれたまま、緩やかなスロープを降りていくと、全体的に暗いフロアに降り立った。あまり人気がないのか、私達以外に人はいない。
「なんだか暗いね。」
「ああ、深海の生物がいるところだからな。」
そう言いながらセイヤは1つの水槽の前に立った。
水槽の中には数匹のクラゲが漂っている。自由気ままにふわふわとしているそれは、まるでセイヤのようだと思ったが、機嫌を悪くしそうなので本人に言うのはやめた。
「えっと……、かわいいね。」
「こいつが?」
セイヤが険を含んだ声で言った。当たり障りのない感想を言ったつもりだったが、どうしてだろう。まさかクラゲにまで嫉妬するのだろうか?じゃあ、何の目的で連れてきたんだろう。考えを巡らせる私をよそに、クラゲ達は気の赴くままに浮遊している。
ふと、セイヤはクラゲ達に手をかざした。
「セイヤ?何してるの?」
まさかクラゲを吹き飛ばすんじゃないかという物騒な考えが浮かぶ。
「見ていればわかる。」
私が制止する間もなく、セイヤはクラゲ達に光を飛ばした。次の瞬間、クラゲ達は光を纏ってゆらゆらと泳いでいた。光の色は一色だけでなく、1匹が変わり始めると他のクラゲも色を変え出す。周りが暗いこともあり、まるでイルミネーションのような光景が広がる。
「あんたに見せたかったんだ。」
セイヤに繋がれた方の手に、きゅっと力がはいるのを感じる。
暫くクラゲに見とれていた私は、セイヤの顔を見る。
「セイヤがこんなことできるって知らなかったよ!すっごく綺麗だね!」
セイヤは満更でもなさそうに微笑んだ。
「もっと見たいか?」
「他にも何かできるの?」
「ああ。」
「見たい!」
私が答えると、セイヤがさっきよりもぎゅっと手を握り、甘い顔をして微笑む。
「続きは帰ってからだ。」
私はその言葉で、セイヤの策略にまんまと嵌まってしまったと気づいた。しかし、手は振りほどけそうにないし、子犬のような顔で見つめられたら、今更Noとも言えない。Noと言ったところで、うるうるした目で見つめられて「ダメか?」と返されるに決まっている。本当にセイヤはズルいんだから。目を反らして頷いた私の手を引いて、セイヤが出口に向かって歩き出す。
イルミネーションの役目を終えたクラゲ達は、どこか楽しそうな2人を見送っていた。