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星を捕まえる

真っ暗な場所に1人。不安になって空を見上げるも、何も見えない空。こんなに暗いということは、きっと今は真夜中だろう。目をこらしてやっと見つけた小さな光に手を伸ばし、祈るように星の名を呟く。
「セイヤ」
「光が来たぞ。」

目が覚めると、目の前に銀色の髪とキメ細やかな肌があった。青い空を閉じ込めたような瞳は、瞼の裏でお休み中のようだ。私はセイヤの髪に手を伸ばし、さらさらとした手触りを堪能する。このいつまでも撫でていたい感じ、普段のくりっとした目、つくづくセイヤはゴールデンレトリーバーのようだと思う。
ふと、今夜の予定を思い出し、スマートフォンを確認する。時刻は予定通り、今セイヤを起こせば遊園地のイベントに間に合いそうだ。
「セイヤ、起きて。」
そう言いながらセイヤの頬をつつくと、ギュッと眉間に皺が寄り、瞼の下の青空が現れた。
「おはよう。」
「ああ、おはよう。」
私はソファから立ち上がり、セイヤの両腕を軽く引っ張る。しかし、まだセイヤは寝ぼけているらしく、動かない。
「セイヤ、もう準備しないと、うわっ」
寝起きとは思えない力でセイヤの腕の中へ引き寄せられる。
「これが引力だ……」
セイヤの胸に顔をぶつけた私は、セイヤの腕を放して抗議の声をあげる。
「あんたともっとこうしてたい、ダメか?」
私の抗議をものともせず、セイヤはきゅるん、と効果音が鳴りそうな目で私に訴えかける。普段の私なら、その誘惑に引きずり込まれていただろう。だけど、
「セイヤ、今日のイベントは今日しか見られないの。イベントが終わって帰ってきたら、好きなだけ寝て良いから。」
そういった途端、セイヤは嬉しそうな顔になり、私を抱えて立ち上がる。
「ちょっと!セイヤ、下ろしてよ!」
「あんたの準備を手伝う。」
「セイヤも準備しないとでしょ!」
私の後ろをついてまわるセイヤを引き剥がしながら、何とか出かける準備を終え、予定通りの時刻に遊園地に来ることができた。まあ、途中でちょっとした移動手段を使ったのは、予定外だったが。

外は既に暗くなり始めており、本日のイベント:ナイトパレードに相応しい雰囲気だ。私は遊園地に入るや否や、このイベントのために装飾されたオブジェクトやアトラクションの数々を写真に収めていく。そんな私の腕をつついて、セイヤがお腹空いたと言う。
遊園地の中には屋台もあり、パレードを見ながら軽食を取ることができるようになっていた。
「じゃあ、セイヤが好きなものを買ってきて良いよ。私はパレードの場所取りをしておくからさ。」
あの辺りにいるね、と言い若干寂しそうなセイヤと別れた。
友達同士の集まりやカップル、家族連れなどの人混みをかき分け、パレードがよく見えそうな場所に辿り着くことができた私は、ふと空を見上げる。入園した時よりも暗くなっており、周りの喧騒とは切り離されたような静けさを感じる。星は1つも見えず、真っ暗な空が広がっていて、急に自分は孤独なんじゃないかと不安を感じ始める。デジャブを感じ、思わず手を空に向かって伸ばす。よくわからないけど、こうしたら星が掴める気がした。
「あんた、ここに居たのか。」
空から目線を落とすと、紙袋を両手に抱えたセイヤが足早に近づいてきた。さっきまでの不安感は去って行き、安心感が心を満たしていく。
「何をしてるんだ?」
セイヤは、私が宙に挙げた手を見て尋ねる。
「星を捕まえようとしてたの。」
何だか恥ずかしくなって、下ろそうとした私の手の上にセイヤが顎を乗せる。
「これで星はあんたに捕まったな。」
セイヤがクスッと笑う。これは想定外。私は頬が熱くなるのを感じながら、セイヤが抱えている紙袋の1つを手に取った。

「ナイトパレード、綺麗だったね!」
「ああ、ホットドッグもケバブも旨かった。」
私達はナイトパレードを見た後、再びセイヤの家に帰ってきていた。お風呂にも入ったし、明日も休みなので、至福のひとときを過ごすことができるのだ。
早速、スマートフォンのカメラロールをスクロールし、撮影した写真の数々を眺め、SNSに投稿する傑作を吟味する。これなんか綺麗に撮れたかも。んー、でもこの花火とイルミネーションのコラボもいいかもしれない。ああ、水を使った演出も良かったよね。
「なあ」
突然、スマートフォンが手からするっと抜け、目の前にセイヤが現れる。何だか不機嫌なようだ。
「俺の相手をしてくれるんじゃなかったのか?」
「……そんなこと言ったっけ?」
「ああ『イベントが終わって帰ってきたら、好きなだけ寝て良い』って言った。」
「うん、だからセイヤは寝てて良いよ?」
セイヤが上目遣いでじっとりと私を見てくる。これは拗ねた時に見せる表情だ。
「遊園地に居る間、あんたは写真に夢中になるし、屋台から戻ってきたら、あんたがなかなか見つからなくて焦って、俺の家に着いてからもスマホの画面ばかり見てる。」
つまり、セイヤは
「寂しかった?」
私の問いに対し、セイヤは目を伏せて肯定の意を示した。
「ごめんね。」
そう言って、私は両腕を広げてセイヤを抱きしめようとする。セイヤはそれに応じるように体を屈めたように見えた。しかし、片手を私の背中に回し、膝の裏にもう片手を回して立ち上がった。
「ちょっと!」
突然のことに声をあげたが、セイヤはそれをものともせずにスタスタと歩き、ベッドの上に素早く、優しく下ろした。すぐに起き上がろうとするも、両腕をつくセイヤに阻まれる。
「“寂しかった”俺に構ってくれるんだよな?」
大好きなご主人を見つけた時の大型犬のような目を見て、私は悟った。
どうやら今夜は眠れないらしい。

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