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甘雨
私とレイは、休日にショッピングに来ていた。
「ねぇ、レイ!これ見て!」
私はレイの腕を引っ張り、ショーケースの前に連れて行く。
「そんなに引っ張らなくとも、呼ばれたら行く。」
呆れたような声だが、こんな時のレイは優しい顔をしているのを私は知っている。
目の前のショーケースの中には、新作のアクセサリーが整然と並んでいた。
ここのブランドは、可愛くも派手すぎない、所謂、大人カワイイアクセサリーが多い。
その中の1つである、少し白みがかった透明な花のピアスを私は指差す。
「これ可愛いよね!」
「そうだな。」
相槌をうったレイが少しかがんで、所々花びらが重なったような、特徴的なデザインの花を見つめる。
「そちら、サンカヨウをモチーフにしたものなんです。」
いつの間にか、ショーケースの向こう側に立っていた女性店員から声をかけられる。
「サンカヨウ?」
私はレイの方を見る。
「この時期に咲く花だ。咲いた時は白いが、雨に触れると透明になるらしい。」
へぇー、レイはなんでも知っているんだな。
私は感心しながら、再びピアスに目を向ける。
それからは、良かったらあててみませんかと店員さんから言われ、購入の決断までスムーズだった。と言っても、私が財布を出そうとしたら、既にレイが支払っていたのだが。
ショッピングを終え、家まで送ってもらうため、レイの車に乗る。
「サンカヨウ、この時期に咲くって言ってたよね?私、見てみたい!」
運転席でハンドルを握るレイに言う。
「山の中まで行く必要があるが、大丈夫か?」
「私は無敵のハンターだよ!ワンダラーに比べたら、山ぐらいなんてことないよ。」
「では、レインコートを用意しておこう。」
「レイの分も私が買っておくよ。今日素敵なプレゼントをもらったし。」
遠慮するレイをなんとか言いくるめ、私は以前から気になっていたレインコートを2人分購入することに決めた。
2人の予定が合う休日まで、登山に関する注意事項や必要なものをレイから確認されながら、当日を迎えた。
懸念していた天候だが、雨が降りそうなちょうどいい曇り具合になった。
私よりも早く待ち合わせ場所に居たレイに、早速私は買っておいたレインコートを渡す。
「お前は私にこれを着ろというのか?」
レイが眉をひそめて広げたのは、アザラシの顔がフードになっている可愛らしいものだった。
「そうだよ。レイに似合うと思って。」
私は笑いを堪えながら言う。
じっとりした視線を感じるが「ほら、私とお揃いだよ」と自分の分も広げると、レイの口元は緩んだ。
レインコートはリュックの中にしまい、レイが入念に下調べをしてくれたルートで登山を始める。
少し湿った空気が漂っている山中は、鳥の鳴き声すら聞こえず、2人の足音が大きく聞こえる。
山に入ってから結構歩いた気がするが、サンカヨウはどこだろう。
もしかして、秘境の地とかにしか咲いていないような、ものすごく珍しい花なんだろうか。
そう考え始めると、足取りが段々重くなってくる。
私は、ちょっと休憩しようとレイに提案しようとした。
「あれか?」
レイがふと立ち止まる。
「えっ!どれ?」
レイの指差す方向を血眼になって探す。
周りの植物よりも少しだけ低い、蓮のような葉の中に小さな白いものが見える。
あれかも!思わず白いものを目指して走り出していた。
「足元に気をつけろ!」
後ろでレイが注意する声が聞こえる。
白いものはやはり花だった。
大きな葉の間から、5つの白い花がそれぞれの方向を向いて顔を出している。
「レイ、これサンカヨウに似ているよね?これかな?」
「ああ、花弁の形もそっくりだ。サンカヨウとみて間違いないだろう。」
レイも若干嬉しそうだ。
それに気づいた私は、さらに嬉しくなる。
「後は雨が降るのを待つだけだ。」
レイが空を見るのを見て、私も空を見る。
空は曇りがかっており、いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。
「レジャーシートを持ってきたから、座って待つといい。」
レイが荷物の中からレジャーシートを取り出し、比較的植物が生えていない場所へ広げる。
ありがとうと言いながら腰掛けた私の横へ、レイも腰を下ろす。
その後、2人で持参したサンドイッチやお菓子の交換をしていると、レジャーシートの上に小さな水滴が落ちてきた。
「雨が降ってきたようだな。レインコートを着ると良い。」
私達は傍らに用意していたレインコートを羽織る。
こうして、サンカヨウの前に2匹のアザラシが並んだ。
雨がポツポツと降り出し、白い花びらに透明な液体が座り込む。
空からの訪問者が増える様子を、固唾をのんで見守っていると、花びらがうっすらと透け始めた。
訪問者達は少しずつ招き入れられているようで、暫くすると、大きな葉の上には透明な5つの花が咲いていた。
それは花と言うよりガラス細工のようで、以前よりも儚く、繊細さが際立っていた。
「綺麗だね。」
隣に居るレイを見上げると、そうだな、と優しく微笑む顔があった。
その手には、いつの間にか傘が握られている。
「傘差してくれていたんだね。ありがとう。」
「ああ、流石のアザラシさんも全ての雨は防げないからな。植物たちにとっては甘雨だが、お前にとってはそうとは限らない。」
「目と心は潤ったけどね。」
私の言葉に、レイはふっと笑った。
「目的のものは見ることができた。雨がひどくなる前に帰るか?」
「そうだね。」
私は透き通ったサンカヨウを写真に収めると、立ち上がった。
傘を差すレイと帰り道へと歩き出す。
「帰ったら、私もサンカヨウを贈ろう。」
「それって氷の?」
「ああ、永遠に散らないサンカヨウだ。」
レイは、優しい眼差しで頷いた。
「じゃあ、私もレイにサンカヨウをプレゼントしないと!そうだ、レジンで作ってみようかな。」
「私も詳しくはないが、レジン樹脂を紫外線照射器に当てて、硬化させるのだろう?作れるのか?」
「やったことないけど……多分。」
「では、気長に待つとしよう。」
レイが笑いを含んだ声で言う。
「私がどうしてもできなかったら、レイ先生が手伝ってくれるでしょ?」
「レイ先生は手伝わないが、レイなら喜んで手伝ってくれるだろう。」
定番となったレイとのやりとりに、私の頬は緩みっぱなしになっている。
このままだと、明日の朝にはホイップクリームになっているかもしれない。
まあ、彼は私がホイップクリームになろうが、砂糖漬けになろうが、甘やかし続けそうだが。
私はそっと耳に咲いたサンカヨウに触れた。
優しい雨が傘に当たって、2人の世界に音楽を奏で続けていた。
雨で色が変わる花:サンカヨウをモチーフに書きました。
サンカヨウの花言葉:幸せ
レイ主に幸せになって欲しい。