ONE外伝 蒼い夢 第1話 出会い
モアナ系第二惑星メーニェ。この星の二大国家の狭間にある緩衝地帯を、一機の戦闘機が航行していた。
パイロットはピオニー特区の軍人、ルディ・セルディス。入隊二年の上等兵で、まだ十六歳だった。いまは哨戒任務の最中である。
メーニェはその全土を砂漠に覆われる星だ。二国の緩衝地帯も例外ではない。延々と地平線の彼方まで続くのは砂の海。所々に見える低い砂山以外は、単調な風景が広がっていた。
「あれっ?」
ルディの張りのある声がコックピットに響いた。レーダーに隣国ハイト軍の機影を見つけたのだ。ここはまだ両国の緩衝地帯だが、戦闘機だと30ミリオンもしないうちに自国ピオニーに入ってしまう。
領空侵犯の恐れがあると判断したルディは、警告を発するために進路を変えて接近した。敵機はすぐに目視圏内に入った。
自機の機影を見せれば回避行動をとるだろうと予測したルディだったが、予測は外れた。敵機は、航行を諦めたかのように大きな砂丘に向かって墜落していく。
「危ないっ」
ルディが声を上げると同時に、機体が砂丘に突っ込んだ。真正面から激突すれば、いくら相手が砂の山でも木っ端微塵だっただろう。だが機体は翼で斜面を抉り取るようにして動きを止めた。
「ふう……」
右翼が砂に深々と突き刺さり、不安定に機体が揺れている。崩れた砂がフロントガラスを容赦なく叩きつけ、轟々と音を立てて流れ落ちていく。
「どういうことだよ?」
独りごちたルディが上官の指示を仰いだ。返答は『パイロットの生存を確認し、生きていれば拘禁して連れ帰れ』だった。
パイロットを回収するなら、一刻を争う。事故機から少し離れた窪地に着陸したルディは、爆発の危険を顧みずにキャノピーをよじ登ると、なだれ落ちる砂の合間からコックピットを覗き込んだ。
事故機のパイロットは気絶しているようだ。ルディはキャノピーを思いきり拳で殴りつける。
古い機体だった。博物館からかっぱらってきたのかよとルディが思う程に。
バンバンとキャノピーを叩く音で正気に戻ったのか、中にいるパイロットがようやく顔を上げた。
「開けろ! 早くしないと爆発するぞ!」
ルディの声が聞こえたのだろう。事故機のパイロットはヘルメットを脱ぎ捨てると、手動でキャノピーを開けるレバーを引いた。しかし砂山からなだれ落ちる大量の砂が重しとなって、機体と天蓋の間はわずかしか開かない。ルディはその隙間に手をかけると、必死に押し上げた。
「早く出ろ! 引火したら爆発する!」
敵機のパイロットは、わずかな隙間に身体を無理やり捻じ込んでなんとか脱出した。二人は息を切らしながら砂丘を蹴立て、事故機から遠ざかる。
ルディの単座戦闘機に辿り着いた二人は、転がるように機体下に潜り込み、息を殺して事故機の様子を伺った。
すぐに爆発すると身構えていたルディだったが、その気配はなかった。事故機はしんと静まり返ったままだ。激突後に機体が原型を留めていること自体、すでに異常だった。
緊張をゆるめてふうと一息ついたルディは、そこではじめて敵機のパイロットの顔を見た。幼かった。そして背が低かった。
サラリとした金髪。蒼い瞳。整った顔立ちをしていた。とても軍人には見えない。
「爆発は免れたらしいな」
一言ぽんと放ったルディが、機体の陰にごろんと横たわった。敵機のパイロットもルディに倣って横になる。
「ざまあねえな」
悪態をついたルディが砂山を凝視する。深いグリーンアイズが鋭く光る。視線の先には砂山から突き出た左翼。そしてわずかに見える機体。しかし事故機は、なだれ落ちる砂にどんどん埋もれていく。
「どうやったら、あんなことになるんだよ。なんであんな低いところにぶつかるんだ」
ルディはパイロットを詰問したものの、返ってきたのは言葉ではなく溜息だけだった。
「俺。ルディ・セルディス。ピオニー特区の上等兵。おまえは?」
パイロットの名を訊いたルディは、長い前髪が目にかかるのを厭(いと)うように乱暴にかきあげた。汗で張り付いていた髪が砂漠の熱風に煽られ、あっという間に乾いていく。
童顔の少年兵が幼い声でルディの問いに答えた。戸惑いを隠せない様子だった。
「ラヴィ。ラヴィ・シルバー。ハイトの一等兵。今日が初フライトだったんだ。俺、なんで生きてるんだろ」
ラヴィの返答はルディには意外なものだった。
「なんでって、そんなの決まってるじゃないか」
「決まってる?」
ラヴィには、ルディの言おうとしていることがまるで分らないようだった。それを訝しみながらも、ルディは最も可能性の高い推論を告げた。他には考えられなかったからだ。
「おまえ。特殊能力者だろ? 俺もだけど」
それはラヴィにとって極めて衝撃的な指摘だった。
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【小説】ONE 外伝 蒼い夢
ONE本編の百年前。伝説の撃墜王ラヴィ・シルバーとルディ・セルディスの出会いの話。