実話怪談 依り代
朝から降っていた雨が夕方になってようやく小降りになった。
私はバスに乗っていた。
後方の二人席の窓側に座り、二つ前の席の初老の男性から漂うアルコール臭に顏をしかめる。しばらくするとバスの中いっぱいにその匂いが充満して香害状態だった。
男性は息子とおぼしき人と一緒で、フォーマルスーツを着ている。
酩酊し居眠りをしたり、息子に話しかけては窘められていた。彼らは前方の席なのでネクタイの色までは分からなかったが、引き出物を持っていないところを見ると法事帰りのようだ。
仕方ないなと思いつつ、私はこっそりバスの窓を少しあけた。
その日は友人と神社仏閣のライトアップを見に行く予定だった。
待ち合わせの一時間前に繁華街でバスを降りると、お気に入りの店で買い物をしながら時間を潰す。
予定の時間前になって再びバスに乗り、待ち合わせの寺に向かった。
その頃から右肩の痛みが気になり始めた。
イベント自体は毎年行っているので、さして物珍しいものはなかった。
薄暗い場所に仄かに光る灯明。地味目なライトアップ。
受付で前売り券を出すと、なぜか二人分のチケットとパンフレットが手渡された。
友人の分と二人分と思っていたが、友人もチケットを渡されている。
単なる勘違いなのか。それとももう一人いるように見えたのか。レストランで人数より多い水が出されるアレかなと苦笑い。余分なチケットはただのゴミでしかない。
日が暮れてから21時まで。着物を着た友人の歩幅に合わせ、私もゆっくりと歩いた。友人からは常に樟脳の香りがしていたが、線香の匂いかもしれない。薄暗くてもそれで友人の存在が分かるほどに強いものだった。
肩の話をすると友人も左肩が痛いと言う。しかしバスでの話をした後、その痛みが取れたと告げられた。
私の痛みも次第にとれ、やがてはすっかり忘れてしまった。
帰りは友人の車で自宅まで送ってもらったが、玄関を開ける一瞬前のことだった。
「おおっ!」
耳元で男性の怒鳴り声がした。もちろん周りには誰一人いない。
部屋に入りドアを閉めるなり、私は玄関に塩を投げつけた。
「去れ!」
見えない何かに向かい、大声で一喝。
次の声はもうない。どうやら去ったらしいと私は感じた。
行きたい場所がある相手に依り代(よりしろ)にされることはままあるが、現地に着いたら降りてほしいものだ。
遠い祖先が神事に関わる仕事をしていたので、珍しいことでもない。
私はしばらく部屋で香を焚くことにした。
────了────
この話をした他の友人から、片足ずつ肩に足を乗せていたのに私が友人と別れたので股割きにあって叫んだんだろと突っ込まれた。
まあ。そんなところだろうな(笑)