嘆きのクーリッシュ

やってしまいました。
そうです、寝坊です。

目が覚めた瞬間、朝が明るすぎたんで自分の状況に気が付いた。
携帯を手に取ると、集合時間をとっくに過ぎている。しかも、先輩の助監督から着信が20件以上もある。
すぐ電話して、「今起きました」と謝罪して、切った後この作品を飛びたい気持ちに襲われた。
しかし、火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、口では嫌だ、死にたい、助けてと言いながらも風呂に入るのを諦め、服を着替え荷物をテキパキまとめて、友達に配車してもらったタクシーに飛び乗った。

ロケ先の住所を告げると、運転手さんは「オリンピックの試験運転で首都高閉鎖してるんですよ」と一言。
今日の撮影が俺のせいで、止まってしまうかもしれないのに、なに一年後のオリンピックの為の試験運転なんかやってるんだ。ファック・オリンピック!ファック・安倍!

完全なる八つ当たりである。

仕方なく、駅まで向かってもらい、払う必要がそこまでなかった820円を払い、電車に乗るとさらに別の先輩の助監督から電話がかかる。
「第一現場間に合わないなら、第二現場から来て」
ある意味救われた。人に迷惑はかけているけど。
「だけど、謝罪の気持ちも込めてなんか持ってきた方がええで」
聞きたくない言葉を聞いてしまった。
現場を寝坊してしまったものには暗黙のルールがある。それはバリカンで坊主になるか、スタッフの人数分何か奢るかだ。
これができないなら映像業界には行かないほうがいい。

俺の寝坊癖は、自分でも悪化してるのを認知していた。体は正直なもんで、疲れがたまるとアラームをどれだけ仕掛けても起きてくれないのだ。
今年の1月にやった映画ではそれが重症化したので、目覚まし時計を2個買った。しかし効果は変わらず。眠っているもう1人の人格が目覚まし時計をぶん投げて終わるだけだった。

そんなわけで、ただでさえきつい今回のドラマでは俺はやらかしまくっていた。
俺をこの現場に引っ張ってくれたスケジューラーの人には、裏で無茶苦茶キレられている。人間としても助監督としても優れた尊敬している人だけに、愛想を尽かされてしまうととても悲しい。しかし、体はそんな心の空気を読んでくれない。

気づくと第二現場の横浜についていたが、足が思うように上がらなかった。
過労死とか仕事で精神にダメージ感じちゃう人の気持ちってこうだなと思いつつ、渋々ロケ地に向かう。
周りに何か買えるような場所もなく、仕方なくスーパーでクーリッシュを大量購入して、自分のけじめとすることにした。

クーリッシュを運ぶ、先輩の助監督から着信がくる。
電話に出ようとすると割り本が入った袋を道路にぶちまける。
久しぶりにここで死んだら楽になれるなとその時思った。とはいえ死んだら各所方面に迷惑がかかるので、人間なかなか死ねないのである。

ロケ地に辿り着き、エレベーターで現場に上がる。みんなやっと来たかという目で見てくる。声が上ずる。足が震える。
「遅れてしまってすみませんでした!!!!お詫びのしるしでアイス持ってきました!!!」
側から見ればただのヤバいやつですよ。

アイスを配り、一人一人に謝ることで自分のせめてもの贖罪とした。現場でミスった時、チーフの助監督にいじりかマジかわからないが「底辺が!!」と怒鳴られた。
そうなんです、僕は底辺なんです。

んなこと、23年生きててとっくにわかっとるわ!!
でもこれでやるしかねえんだよ!!!

底辺は底辺なりにあがくしかない。
みんなに配り終わって、溶けきったぬるいクーリッシュを飲みながらそんなことを考えた夏の日の午後であった。

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