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元カノみたいな彼~キミに好きだと言われても~【ミステリ】【連載小説】【J】第四話 ヒューという音と共にパァンと最後の花火が夜空に咲いた。

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バタンッ

 涼介は泣きながら近くの部屋へ飛び込んだ。
 乱暴に閉められたドアが埃を舞い上げる。
 憧れの人からの突然のキス。
 部屋へ入ると床へ崩れ落ちて膝を抱える。

ドンッ

 悔しくて思わず床を叩いた。
 結希さんがまだ死んだ美月のコトを忘れられない事は知っていた。

 『でも最初に結希さんを好きになったのは俺の方が先だっ』

 心の中で罵った。
 初めて結希さんと言葉を交わした夏……今でも忘れられない。

 俺は裕福で厳格な家庭に生まれた。
 自身のセクシュアリティを自覚したのは高校生の時。
 幼い頃から男の子に触られるとドキドキした。
 周りが異性に目覚めるとその気持ちは明確になった。
 友人達が女性の可愛さにときめいていた時、男性の力強さにときめいた。

 だが両親は堅物で世間体を優先する種族。
 カミングアウト等、出来る訳がなかった。
 大学生になり俺は家出同然に飛び出し一人暮らしを始めた。
 それから家族とは連絡を取っていない。

 そんなある日、どこで調べたのか?
 突然に美月から連絡があった。
 どうしても一度会って話がしたいと言う。
 正直気まずく劣等感もある。

「一回だけだから」

 強引さに負けてバイト先のカフェで数年ぶりに会った。
 ぎこちない世間話の後の沈黙。
 意心地の悪さに「じゃぁ、そろそろ」と立ち上がる。
 そんなボクの腕を美月は黙って掴んだ。

「誰もいない所で話したい」

 そう言われ俺の部屋へ移動した。
 殺風景で何もないワンルーム。
 そこで美月は自分の病気の事を告白した。
 余命は残り僅かと言う。

「嘘だろ?」

 あんなに気丈だったアイツが泣き崩れたのを初めて見た。
 いつも涼し気で絶対に感情を出したりしないヤツだった。
 いやっ、きっと俺が不甲斐ないせいだ。
 だから美月は完璧である事を強制されていたのだろう。
 気がつくと俺は誰にも言った事がない秘密を告白していた。
 実は男性が好きだと告白すると、美月は少し驚いた後で数回頷いた。
 それから俺達は夜明けまで色んな話をした。
 今まで二人で話した合計時間を、たった一晩が軽く飛び越えた。
 それからは時々、病室を抜け出してはバイト先へ来るようになった。
 バイト終わりにコーヒー一杯分の話をする。
 それが俺達のお決まりのコースだった。
 その頃から俺は結希さんへ淡い恋心を抱いていた。

「常連客にイケメンの素敵な人がいる」

 気がつくと無意識に結希さんの話ばかりをしていた気がする。
 だから美月も自然と興味を持ち、自分から声をかけたのだろう。
 性別は違っても感性が似ている者同士。
 美月も夢中になって話に聞き入り二人でときめいた。
 俺の人生で気を使わずに恋バナが出来る日が来るなんて……
 その日々は今でも俺の宝物だ。
 美月だけが俺の全てを理解し応援してくれていた。

 『世界で一人だけでも存在を認めてくれる人がいる』

 そんな初めての感覚に俺は舞い上がっていた。
 人生に張りがあり、毎日が楽しかった。
 だから自分のコトを話したくて……認めて欲しくて……
 他の話は頭にあまり入って来なかった。
 冷静によく美月の話を聞いてさえいればきっと気づいたに違いない。

 『美月が俺を裏切り、結希さんと付き合い始めた事を』

 美月は俺が恋心を抱いているコトを知っていた。
 それなのに俺に黙って結城さんへ近づいた。
 それは裏切りであり、今でも許せないコトだった。
 地位も名誉も全てを持っているのにどうしてと思った。
 でも周りは彼女自身を見てなどいなかった。
 勘のいい彼女はそれに気づき、傷ついて過ごしたに違いない。
 きっと気がついたのだ。
 ただ素の自分を見てくれる相手が欲しいのだと……
 だからあの日、美月は懺悔のつもりで俺を花火大会へ誘ったのだろう。
 当時の俺はそんな美月の気持ちなんて少しも気がつかなかった。
 ある日、一緒に花火大会へ行く約束をした。
 何でも大切な人を紹介したいとの事だった。
 待ち合わせは俺のカフェ。
 バイトが終わったら三人で花火を観に行く約束だった。
 顔を赤らめてモジモジしながら照れ臭そうにする美月。
 まるで少女の様に『大切な人が出来た』と打ち明けた時は正直驚いた。
 それは美月の初恋だったのかもしれない。
 だが運悪く美月は急に体調が悪くなり、約束はドタキャンになった。
 俺はがっかりし、その日、店長に頼まれバイトを延長した。
 何でもカフェのみんなで花火大会を観に行くらしい。
 一人残された俺は完全に貧乏くじを引かされた形になっていた。

ヒュー ドンドン

 程なくして花火大会が始まった。
 街の誰もが花火大会を観に行き、店はガランとして誰も居なかった。
 俺は独り寂しくトボトボとカウンターを拭いていた。
 全てのカウンターを拭き終わる頃、やっと一人のお客が入って来た。

「いらっしゃいませっ」

 (えっ、嘘だろ?)
 なんとそれはスーツ姿の結希さんだった。
 よっぽど急いで来たのだろう。
 息を切らしながら肩を揺らしている。
 カプチーノを二つ注文すると足早に席についた。
 窓際のカウンターに座り、隣の席にカバンを置くとスマホを取り出す。
 暫く操作をしていたかと思うと突然に天を仰いでいた。

「おっ、お待たせしました
 カプチーノ二つです」

 俺はドッキドキでカプチーノを二つテーブルに置いた。

「マジか~」

 結希さんが頭を抱えて叫んだ。
 その落胆の声に思わず結希さんへ訊ねてみる。

「どうしたんですか?」

 結希は独り言が声に出ていた事に気がつくと恥ずかしそうに頭を下げた。

「大きな声を出してすみません
 いや、連れと待ち合わせをしてたんですが、
 ドタキャンになりまして……」

「あぁぁ、花火大会ですか?」

「はい、そうなんです
 急な仕事で遅れそうになって
 急いで来たんでメッセージに気がつかなくて」

「それは残念でしたね
 カプチーノ一つキャンセルしましょうか?
 お連れさんの分ですよね?」

「いや、もう淹れていただいてるんでいいです
 そうだっ、よかったら一つどうぞ」

「いえ、そんな悪いですよ」

 恐縮する俺に結希さんは前を向いたままカプチーノを横に滑らせた。

「その代わり、それ飲む間だけ一緒に花火を観てくれませんか?
 何だが独りで観たくない気分なんです」

「はぁ」

 そう言われて俺はカップを受け取ると後ろに立ったまま一口飲んだ。
 甘い糖分がじんわりと体内に広がっていく。
 憧れの人が目の前に居る。
 ドキドキしながら俺はドタキャンした相手に感謝した。
 店長に残業を押しつけられたアンラッキーも悪くない。
 なんだか日頃は意地悪な店長を抱きしめたい気分だった。

ワァァァ
ワァァァ
ワァァァ

 やがて歓声と共に夜空にスターマインが広がった。

「うぁぁ、綺麗ですね」

 思わずそう言うと空を見上げた結希さんが頷いた。
 背中越しの花火鑑賞。
 俺はそっとガラスに映る結希さんを眺めていた。
 長いまつ毛を振り回して花火が上がる度に表情がコロコロと変化した。
 それはまるで無邪気な子供の様だ。
 日頃、知的でクールなイメージの結希。
 そんな新しい一面を見つけて俺は結希さんのコトが大好きになった。

 『俺っ、やっぱりこの人のコトが好きだ』

 そう自覚したのはその時だった。
 結希さんはきっと覚えていないだろう。
 恋はまるで夏の日の花火の様だ。
 突然、上がって切なく消える。

 ヒューという音と共にパァンと最後の花火が夜空に咲いた。

  *

トントン

 気がつくと遠慮がちに部屋のドアがノックされていた。

「あっ、はい」

 俺は涙を拭って返事をする。
 すると結希さんが、神妙な面持ちで頭を下げた。

「その、さっきはすまなかった
 あまりにもキミが美月に似ていて……キスするつもりじゃ
 気がついたら吸い込まれる様に……」

 そんな困り顔の結希さんを初めて見た。
 その顔はまるで母親に叱られてしょんぼりする子供のようだった。
 (フフッ、あぁぁ、俺はこの人のコトが好きだ)
 改めて自分の気持ちに思い知らされた。
 別に俺に興味がないコトなんて分かっていた。
 きっと結希さんは女性のコトが好きなんだろう。
 それでもいいっ。
 美月の代わりだって構うもんかっ。
 それでも俺は結希さんの側に居たい。
 そう思ったら駆け引きなんて馬鹿らしくなった。
 俺は結希さんに全てを打ち明けた。

「俺の方こそ、生意気に挑戦的ですみません
 俺は小桜 涼介
 美月の双子の弟です」

「えっ、双子の弟?
 弟が居るなんて初めて聞いたけど……」

 突然の告白にボクは驚きを隠せなかった。

「はいっ、そのちょっと色々あって……
 俺は存在しないコトになっているもので……」

 そう言うと涼介は困り顔で俯いた。
 (ボクにも秘密があるように……きっと彼にも何か秘密があるのだろう)
 ボクは何となくそう思った。
 涼介と名乗った青年は顔を赤らめると恥ずかしそうにモジモジしている。 そして上目遣いにボクを見つめると言った。

「結希さんが美月と付き合ってたのは知っています
 でも俺、どうしようもない位に結希さんのコトが好きなんです
 美月の代わりでも構いません
 美月の服を着たっていいっ
 だから……せめて……結希さんが美月を忘れるまで……
 それが無理なら、体調が回復するまででいいから
 側で料理を作らせて下さいっ」

 そう言うと深々と頭を下げた。
 同じ顔立ちでも表情や内面でこんなにも見え方が変わるのだろうか。
 泣き出しそうなクシャクシャな顔。
 それはまるで捨てられた子犬の様だった。
 料理を食べる姿を嬉しそうに見つめる姿はブンブンと尻尾を振る子犬。
 今までこんなにも男性を愛おしいと感じたコトはなかった。
 初めて経験する感情に戸惑いながらも初キスを奪った責任も感じていた。

「気持ちは嬉しいけど……どうしてボクなの?
 自分で言うのも何だけど……ほら、ボクは変じゃない?」

 ボクは生まれて初めて自分のコンプレックスを認めた。
 その言葉に驚き顔の彼。
 ブンブンと首を振るとボクの両肩を掴んで興奮気味に叫びだした。

「全然、変じゃないですっ
 結城さんは素敵です
 こんなコトを言い出して、俺の方が変ですよね
 俺が女だったら良かったんですけど……」

 そう悔しがる彼を観て心が締め付けられそうだった。
 ボクはブンブンと首を振ると叫び返した。

「キミは全然、変じゃないっ
 むしろとってもキュートだよ
 唇に吸い込まれそうになるくらい
 料理も美味いし、目を逸らせない程の愛くるしさがあるさっ
 だから……その……何を言いたいのかと言うとだな」

 そこまで言いかけて互いに両肩を掴んで叫んでいるコトに気がついた。  (あっ)慌ててボク達は両手を放して頭を掻いた。

「ボク達は何をしてるんだろうね」

「ホントだっ」

 そう言うと二人で笑い合った。
 (涼介君は、こんな笑い方するんだ
  美月とは全然違う……それなのにボクは)
 ボクは何だか切なくなった。
 (よしっ、ちゃんとしよう)

「で……さっきのキスだけど」

 ボクは、おずおずと切り出した。

「気にしないでください
 美月の代わりだって分ってます
 むしろ憧れの結希さんが俺のファーストキスで嬉しいです
 このまま一生誰ともキスしないで墓まで持って行きますよ」

 (墓までって……この子は)
 妙に爺の言い回しに可笑しさ反面、痛々しい。

「涼介っ、さっきのキスは無しだ
 忘れてくれっ」

 (えっ)突然に名前を呼ばれ頭が真っ白になった。
 結希さんが俺の名前を呼ぶ?
 今まで何度も妄想したシュチュエーションだった。
 (でも……)

「ごめんなさいっ、結城さん
 俺、結城さんとの初キス忘れたくないです
 身代わりでもいいから……お願いです
 誰にも言いませんから……」

 泣き出しそうな顔で懇願すると結城さんは突然ぎゅっと抱きしめた。

「えっ、結城さん?」

 驚く俺に頭をポンポンと優しく撫でた。

「さっきのキスは忘れなさい
 そしてコレを忘れるなっ」

 そう言うと優しく俺にキスをした。

「んっ」

 唇をそっと重ねるだけの互いにぎこちないキス。
 だけど伝わる気持ちは体温と共に全身を優しく包み込んだ。
 心の空にあの日の花火がパァンと咲いた。

「どうして?」

 そう訊ねると、結城さんは顔を赤らめて言った。

「ボクにもよく分からない
 男性とキスしたのは初めてだから……
 ただっ、分かっているコトは……
 もう一度、涼介の手料理が食べたいってコトかな」

 そうしてボク達は一緒に暮らし始めた。

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