初恋の残り時間~ボクが消えるその前に~【小説】
「うぅぅん
あれ、ここは?」
桜は病室のベットで目が覚めた。
部屋中に広がる微かな消毒液の匂い。
白いシーツに枕元の緊急用ボタン。
それは病院の見慣れた風景だった。
(あ~、私またやっちゃったんだっ)
どうやら、倒れてここへ運ばれたらしい。
小さい頃はよく倒れて入退院を繰り返していたが最近は調子が良かった。
ふと見ると足元の椅子に見慣れない少年が座っていた。
(こんな知り合い居たっけ?)
ジッと彼の顔を見ながら思い出そうと努力する。
私の視線に気がついたのか少年が視線を上げて軽く微笑んだ。
「あなた誰?」
思わず私は問いかけた。
「ボクは死桜キルシュ
死神だよ」
「えぇぇっと、死神ってっ、あの死神だよね
私っ、死ぬの?」
(しまった、テンパッちゃって聞きたくないコト聞いちゃった)
私は慌てて質問を取り消そうとしたが遅かった。
「うん、死ぬよ
だからもう病室からは出られないかな」
その死を宣告する声質は、どこか温かみがあった。
「……そっか、私、死ぬんだ」
こんな事なら、もっと全力で想いを伝えていれば……
後悔ばかりが浮かんで来た。
(死にたくないっ)
「無理だ、運命は変えられない」
「抜け道あるんでしょ?」
(あれ、私は死神に何て質問してんだっ、バカ)
「世界の理にそんなモノは……なくもない」
「えっ、あるの?」
「死神業にはノルマがあるんだ
キミが転生を放棄して魂を捧げるなら色々優遇してもいい」
そう言って死神は不気味な微笑みを浮かべた。
「桜の奴、おっせーな
いつまで待たせるんだよ
まさか寝坊か?」
多くの人波が目の前を通り過ぎて行く。
桜がプラネタリウムを観に俺の部屋に来たあの日。
俺達は人生二回目のキスをした。
暗い部屋のベットの上、並んで横たわり天井に広がる星を観た。
静寂の中で息遣いだけが上下する胸と共に響いていた。
妙に色っぽい唇
スカートから露出する太股
初めて女として意識したあの時、桜は言った。
「本当に初キスの感触覚えてないの?
私は優の柔らかい唇の感触
一生忘れないのに
お願い
優も桜の感触忘れないで」
そう言うと桜は静かにもう一度キスをした
二回目のキスはどこか切なく
『忘れないで』という言葉だけが何故か頭から離れない。
考えてみれば桜との出会いは奇妙なものだった。
初めて会ったのは帰りのバスの中。
服装はジーパンにダブダブの黒のパーカー。
短髪ボーイッシュで最初はずっと男だと思っていた。
ズカズカと勝手に隣に座って一方的に話し始めたのが始まりだった。
桜が女だと知ったのは翌日の学校。
「優君っ
ボクと付き合って下さい」
公衆の面前での、いきなりの土下座告白
あれは参ったな。
いきなりのスカートで登場からの告白
俺が断っても、何度も何度も告白して来て
(コイツハート強え~)て驚愕したもんな。
ホントあいつには羞恥心というモノがないのかね。
(でもアイツはいつも一生懸命だった)
で挙句は呼び出されて……
「優君っ
キミを男と見込んで頼みがあります
他の女は諦めて下さいっ
どうせエロいコトしたいだけでしょ?
ソコはボクが請け負いますんで」
からのいきなりのキス。
ここまで来るともう何がなんだか。
こうして現在のグダグダな関係に至る
正直、外見は全く俺の好みではない
俺は清楚なお嬢様系が好みなんだが。
暫くしてやっと桜達が現れた。
私達四人は心地よい風を感じながら遊園地へ入って行った。
彼にとっては初めての……
私にとっては最後の遊園地デート
何となく気を使い合ってぎこちない二人
途中こっそりと親友の秋が私にガッツポーズを見せて
(がんばれ)って口パクして見せた。
私は頷きながらも話そっちのけで
ミニスカートの丈を気にして片手でしきりに押さえていた。
今回、私達はちょっとしたサプライズを約束していた。
それは皆で私へのプレゼントを用意して当日渡そうというものだった。
それで昨晩、秋が訊ねて来た。
「プレゼントの先渡し、明日はコレで勝負だよ」
それだけ言って紙袋を手渡すとさっさと帰ってしまった。
秋が帰った後で中を開けてみる。
中には普段なら絶対に着ない様なセクシーな服と下着が一式入っていた。
リボンの付いたピンクのシースルーブラウスに白のミニスカート
下着は黒のレースのブラとパンティ
シースルーのブラウスからは黒のレースがチラ見していた
ミニスカートから時折り見える下着は黒のパンストと一体化している。
(もう、秋ったらこの服、攻め過ぎ恥ずかしくて歩けないよっ)
そう思いながらも桜は優の反応をこっそりと窺っていた。
「あれ、今日はいつものジーパンにパーカーじゃないんだ」
(もう、優ったらそんなにチラチラ見ないでよ)
何だか下心を見透かされたみたいで必死にスカートを手で押さえる。
物凄く恥ずかしい。
でもその勇気のお陰で彼が私を意識している。
私はそれが何だが嬉しくて、彼の背中へ抱きついた。
「おっ、おい
突然どうした」
驚いて彼が振り返る。
「優、大好きっ
それに突然じゃないよっ
ずっと優のコトが好きだったんだ」
そう言うとギュッっと抱きしめた。
(今日はもう他人にも、自分にも、誰にも遠慮しない
やりたい事やって、言いたいコト言うんだっ)
「分かった
分かったからちょっと離れろ」
顔を赤らめる優を祝福するかの様に周囲の視線が集まった。
賑やで軽快な音楽が流れる中、彼と恋人繋ぎして歩く
彼の腕に抱きつき、二人でアトラクションを巡る
今までにない幸福感に包まれて私は夢心地だった。
どうして今まで遠慮せずに思い切り彼に甘えられなかったんだろう。
こうして過ごしているともうすぐ死ぬなんて嘘みたいだった。
時折心をよぎる不安をかき消すように
私は何もかも忘れて、弾けまくった
そして、お城がブルーにライトアップされる頃
私は少しだけ……切なくなった。
疲れた私を心配して休憩と言って彼がベンチを指さした。
別行動していた秋達も合流した。
皆が揃うとプレゼントの話になった。
「私はもうプレゼント渡したから他の人が渡して」
そう秋が言った。
「何をプレゼントしたんだ?」
そう訊ねる優に秋はウインクしてみせる。
「それは秘密
優に勇気があれば今夜見る事ができるかもね」
(頑張って)
そう秋は桜に口パクしてそっとスカートをめくって見せた。
(もう、秋ったら)
私はその優しさに恥ずかしさと嬉しさで赤くなった。
「じゃあ俺はコレ」
そう言うと総司は二枚のカードを手渡した。
見るとそれは目の前のオフィシャルホテルの部屋の鍵だった。
「そこの部屋を取っといたから
パレードは部屋から観るといいよ
別にパレードを見ないで別の意味の御休憩をしてくれてもいいぞ」
そう言って総司もウインクしてみせた。
(もうみんな、アシストが見え見えで恥ずかしいから)
私は顔を赤らめながら部屋の鍵を受けとった。
「で、優は何を用意して来たの?」
秋が訊ねる。
皆の注目が注がれる中で優は二枚のカードを広げて見せた。
それは遊園地の年間パスポートだった。
「俺はコレ
ここの年パス
何度もここへ来られるように」
病気の桜が遊園地に来られるのは多分これが最後だと誰もが知っていた。
でもその事をつっこむメンバーは一人もいなかった。
それは優の優しさであり願いだった。
それから私達はキャッキャ言いながらモノレールに乗った。
あいにく席が一つしか空いていなかった。
そこで俺達は桜を座らせてつり革に捕まった。
そっと隣りの秋が俺に耳打ちをした。
「ねぇ、優
桜の頭の上の『アレ』
もしかして優にも見えてるの?」
「ああ、見えてる」
俺はそう答えて桜の上の『アレ』をそっと見た。
朝、会った時、病気の雰囲気なんて微塵もない元気いっぱいの桜が居た。
ただ気になる事が一つだけ
桜が現れてから、俺の視野に『緑の数字』が浮いていた。
初めは『43200』
それが、段々と減っていく
今では『10800』を示していた。
だからどうと言う話ではない
俺の幻覚かもしれないし、桜とは関係ないかもしれない。
俺は頭をよぎる可能性を打ち消すようにそこで思考を停止していた。
「ねぇ、あの数字は何なの?
もしかしてあの減っている数字って」
俺の袖を引っ張り不安そうに訊ねる秋を俺は途中で遮った。
「何も言うな
そんな数字は存在しない
いいか
この事は桜には絶対に言うんじゃないぞ」
「うん、分かった……でも」
泣きそうな顔で、そこまで言って秋は言うのをやめた。
多分俺達は同じコトを考えている
朝の駅が『43200』
それから九時間が経過した今が『10800』
きっとこれは『残り時間を示している』
もしそうなら残り時間はあと三時間
この緑の数字がゼロになった時、多分何かが起こる……
俺は首を振って嫌な妄想を振り払うと駅を降りた。
「あっ、なんか海の匂いがする」
そう言って嬉しそうに桜が走り出した。
「今日はずっと一緒だね」
桜が嬉しそうに微笑む。
「うわ~、愛情が直球過ぎて妬けるね」
「もう私達が邪魔過ぎて居づらいわ
そろそろ帰るから二人はパレード見て帰りなよ」
そう言って二人は、おどけ顔でバイバイと手を振った。
二人の妙な雰囲気に押され俺達はホテルにチェックインした。
ひんやりとした空調が少し汗ばんだ体温をゆっくりと冷やして行く
窓辺に椅子を持って来て二人並んで座る。
かなり高い階にある為、遊園地がミニチュアのように可愛く見えた。
「なんか小っちゃくて街が可愛い」
桜が歓声を上げた。
パレード開始までにはもう少し時間があった。
俺は駅で買ったペットボトルを桜に手渡した。
「やだっ
優が桜に飲ませて」
甘えた声で桜はアヒル口を突き出した。
照れながらも、フタを開けると桜に飲ませてやった。
「ぷっは~
やっぱりダンナに飲ませて貰うお茶の味は格別ですなっ」
そう言って桜は嬉しそうに手を叩いた。
夕日が観覧車の奥へ沈んで賑やかな音楽と共にパレードが始まった。
桜はパレードを見ながら独り言の様に話しだす。
「ねぇ、死桜の儀式って知ってる?
月夜に月光桜の下で目をつぶって両手を広げて
落ちて来る花びらを掴めたら初恋をもう一度やり直せるんだって
代償は自分の魂……ボクはそれがやってはいけない禁呪だと知っていて
死神と取引したんだ」
何と言ったらいいか分からずに桜の横顔を見つめる。
浮遊する緑の数字はもう『450』を切っていた。
「さようなら
君にも浮遊する緑の数字が見えているんだろ?
その数字はボクの寿命
パレードが終わって最後の花火が打ち上がる
その花火が散ると同時にボクの寿命もそこで終わり
だから消える前に大好きな君にちゃんと振って欲しいんだ
未練が残らないようにキッチリと」
「お前はそれでいいのかよ
俺はお前のコト……」
そこまで言いかけると微笑んで唇に指を押し当てた。
「一時の感情に流されて、そんなコト言ったらダメですぜ
さあ、ボクは桜
桜は舞い散る刹那の夢
今度こそ、しっかりとボクを振って下さい
曖昧な関係はもう終わりです」
そう言って桜は肩を震わせながら深々と頭を下げた。
突然外のパレードの音楽が鳴り止んだ
「最後に訊いてもいいですか?
二度目に君にキスをした時
キミのコトが大好きでした
あの瞬間、優も同じ気持ちでいてくれましたか?」
「ああ、お前なんて大嫌いだったよ」
俺は頷いて桜を抱きしめた。
「へへっ、
最後にそれは、ズルいや
何かまたフラれちゃったな
まあいいです
キミがヨボヨボのおじいさんになったら
生まれ変わってもう一度、土下座告白しに行きますよ
今度はキミ好みな清楚な女性で」
「どうにかならないのか?」
俺はきつく桜を抱きしめた。
「ごめん」
ヒュー
遠くで花火の上がる音がした。
桜が震える手で俺を強く抱きしめて叫んだ。
「失恋花火っ、
ボクの恋も散りますか?」
パンッ
花火が散ると同時に桜の上で『0』の数字が砕けて散った。
――失踪高校生、一人が記憶喪失にて発見保護――
以前より行方が分からなくなっていた高校生
早乙女 優君(十七歳)が現場より三キロ離れた場所で保護された
彼は事件当時の記憶を失っており、解明が急がれている
尚、彼の瞳が蒼く変化した理由については分っていない
もし、言葉で心が軽くなったら…… サポートをお願い致します。