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元カノみたいな彼~キミに好きだと言われても~【ミステリ】【連載小説】【J】第三話 電車内の亡霊:見てはいけない。

まだ読んだ事がない方は、こちらからお読み下さい。

――ケース1:ある青年の目撃証言――

 これは俺が病院に通っていた時の話です。
 命に別状は無いのですが、珍しい病気と言う事もあり……
 小さい頃から定期的に検査通院していました。
 モノレールで一時間程の所にある、ひっそりとした病院。
 検査を受けると謝礼を貰える事から今も続けています。
 検査は薬を投与して三十分程、横になっているだけの簡単なもの。
 暗いトンネル状の機械の中に居るだけです。
 そこは漆黒に包まれ、ヒンヤリとしています。
 今はもう慣れましたが、子供の頃は恐ろしく、中へ入るのが不安でした。
 このまま死んでしまうのかも……棺のようなその機械。
 棺が移動する度に、まるで冥府へ死神に連れて行かれるような感覚。
 経験のない薬品と機械の混じった匂いを死臭と感じたのかもしれません。
 暗闇で体が冷えて行くと急に眠気が襲って来ます。
 それが幼心に死への恐怖と重なったんだと思います。
 ただ、人間とは不思議なモノで……
 多感な時期を過ぎ、何度も検査を経験する度に自然と慣れて来ました。
 大学生になった今は恐怖よりも謝礼の方が重要で……
 今では中に入るとすぐにスヤスヤと気持ちよく眠ってしまいます。
 ですがその日は、妙な胸騒ぎがして、目が冴えて全く眠れませんでした。
 暫くすると遠くから看護師達の雑談が聞こえてきました。
 何年も通っていて、いつもすぐに爆睡してしまう俺。
 だから看護師達も気を抜いていたんだと思います。

「ねぇ、あの噂聞いた?」

「あぁぁ、モノレールの赤い光でしょ?」

「そうそう、その赤い光を見ると指が現れるらしいよ。」

「えっ、私は変な猿が現れるって聞いたけど。」

「そうなの?
 とにかく『ソレ』が現れたら絶対に見てはいけないんだって。」

「もし見たらどうなるの?
 私、ちょっと都市伝説とかって興味あるな。」

「ダメだよ。
 だって『ソレ』を見た恵子さん。
 その翌日に」

ピーッ

 その時、検査終了のブザーが鳴りました。

 (赤い光? 猿の指?)
 都市伝説が好きな俺は、何となく話の続きが気になりました。
 でも検査を終えた俺に看護師達は何事もなかったように無言で作業。
 とても訊ける雰囲気ではありませんでした。
 少しがっかりしましたが、仕方がなく検査室を出て病院を後にしました。


 駅で待っていると帰りのモノレールが入って来る。
 丸い窓のドアが開き、閉まる旨の自動アナウンスが流れる。
 俺はいつもの窓際の席に座りため息をついた。
 (眠い……)急に眠気がドッと湧いて来た。
 頬に手を当ててボーと窓から外の夕暮れ時を眺める。
 暫くぼんやりしていると次第に辺りが暗くなっていった。
 何度か寝落ちを繰り返した先で視界にぼんやりと赤い光が見える。  
 (……赤い光……っ、赤い光?)
 朦朧とした思考の中であの言葉が浮かんで来る。

 『その赤い光を見ると指が現れるらしいよ。』

 急にボケていた思考のピントが合って一瞬で目が覚めた。
 背中にヒンヤリとした一筋の汗がタラリと流れる。
 俺は持っていたリュックサックを抱え窓から目を離して座り直す。
 少し咳払いをした後、恐る恐る車内を見回す。
 (いつもの見慣れた風景)
 普段はこんなにマジマジと車内を観察した事はない。
 眠っている人、スマホを弄っている人、音楽を聴いている人……
 誰もがつまらなそうに無言で佇み異変はないように思えた。
 (ほっ、なんだよ、ガセかよ。)
 ガッカリと安心で胸を撫でおろしていると、ふと遠くから視線を感じた。 何となくそちらに視線を向けると隣の車両から女がこっちを見ていた。  (……っ)
 俺の車両と隣の車両の間に揺れるドアが二枚ある為、良く見えない。
 目を凝らすと、細身の弱々しい黒髪の女性。
 見ると腰まである長い髪の女が俺を指さして何かブツブツ言っていた。  俺は慌てて目線を逸らして下を向いた。
 (何なんだよっ、あの女、気持ち悪い。)
 俺はリュックサックを抱きかかえて前かがみ。
 ただひたすら床を見つめた。
 そして変な女がこっちの車両に入って来ないかと不安になり、全神経をドアの方へ傾け続けた。
 五分っ、十分っ、緊張のまま時間が過ぎた。
 ギシギシと車両が揺れる音。
 でもドアが開く気配は全くなかった。
 (俺の気のせいか?)
 少しほっとし、警戒心も薄れ床から視線を外しシートへ背中を預ける。  (あっ、)その瞬間、背筋が凍った。
 向い合せの目の前のシートに『あの女』が座っていたのだ。

「えっ、いつの間に……」

 人差し指を突き出して俺を指さし、何がブツブツ言っている。

「〇×△◇■□」

 気づけば金縛りに合って動けない。
 周りは気づいていないのか、興味がないか、誰も騒がない。
 静寂に包まれた車内でただ『あの女』の呟き。
 そして電車が揺れるギシギシとした音だけが漂っていた。
 俺は『あの女』から目線を外す事が出来なかった。
 女の顔は血色がなく蒼白い。
 目は窪み、黒く覆われ眼球は全く見えない。
 パクパクと何か喋ってはいるが聞き取れない。
 口の中もドス黒く舌など全く見えなかった。
 全身が灰色に滲んでいて、妙に輪郭がブレて見えた。
 濡れた髪は、桜色が混じっていて血や死桜を連想させた。
 変な汗を噴き出しながら脳裏にあの言葉が警告音の様に繰り返される。

 『とにかく『ソレ』が現れたら絶対に見てはいけないんだって。』

 (ヤバイっ、ヤバイっ、見るなっ、見ちゃだめだっ。)
 必死に自分に言い聞かせるが全く体が言う事をきかなかった。
 まるで時間が止まったようだった。
 そんな世界で女の指先が少しづつ俺の首筋へと近づいていった。
 ヒヤリとした指先が、ヌルヌルと首筋に巻き付いて行く。

 (やっ、やめろっ)

「間もなく駅に到着いたします。
 お出口は左側です。」

 そのアナウンスと同時に世界が再び動き出し、金縛りが解けた。
 (……っ)
 俺は必死に纏わりつく指を振り払い、慌てて知らない駅へ飛び降りた。
 とにかく、もう少しもそこには居たくなかった。

ブシュー

 ドアが閉まる空気音と共に電車が出て行く。
 (はぁ、はぁっ、助かったのか?)
 首筋を擦りながら必死に揺れる車内を見つめるが、よく分からなかった。
 (あの不気味な女は何だったのだろう?)
 後味の悪い何とも言えない気持ちを抱え、次の電車の時間を確認する。
 発車案内板を見上げて数秒後……

ドカッ、キィィィィィ

 突然背後で軋むような金属音が鳴り響いた。
(……っ!)
 ぎょっとして思わず振り向く。
 さっきまで乗っていた車両が傾き止まっている。
 見ると車両がレールから外れギシギシと今にも落下しそうに揺れていた。

 (あのまま電車に乗っていたら……)
 俺はゾッとした。

「きゃぁぁぁ」
「きゃぁぁぁ」
「おいっ、大丈夫か」

 ホームの誰もが驚き、騒ぎ、パニック状態の中。
 誰かが背後から俺の耳元で囁いた。

「あのまま乗っていればよかったのに……」


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