増やすと減らす:学習時期に応じた語彙指導のスタンス
英語を学習していると、「この言い方で合っているのかな」と思うことが多々あります。また、英語を教えていると、生徒から「先生、この言い方でもいいですか」と聞かれることが多々あります。
個人的に、英語表現の「別解」の扱いについては思うところがあります。私は中高一貫校に勤務しているので、中高6カ年の学習プロセスの中で見ていくことが習慣になっています。もちろん個人差も大きく、ケースバイケースの判断に基づいて扱っていきますが、概ね以下のような3期にわけて、それぞれの学年に応じた指導を心がけています。
初期(中1~中2):「なんでもアリ」期
中高での英語学習が始まって初期の頃は、学習へのモチベーションを優先し、なるべくpositive feedbackを与えたいと考えています。よって、「先生、○○でも合ってますか?」という質問に対しては、極力肯定的に答えるようにしています。もちろん、答えを一つに定めなければならない場合は別ですが、授業中の自然なコミュニケーションにおいて発生した「別解」はなるべく認めて、いろんな表現ができるということを、極力ポジティブに生徒たちに伝えます。
その際、多少表現に間違いがあったり、ニュアンスに違いがあっても、あまり気にしないでおきます。例えば、wearとput onの使い分けなどは、状況次第ではこの時点で説明をしてもあまり意味が無いと判断し、自然なリキャストで流してしまうかもしれません。むしろ「よくそんな表現知ってたね」と、情意面でのpositive feedbackを優先したいところです。
英語学習の道のりはまだまだ長い。初期の時点で全てを拾わなくて大丈夫。それに、その時の一瞬の語彙フィードバックのせいで、wearとput onの違いが間違ったまま定着してしまう(fossilization)なんてことは起こらないので、中1・中2時では細かい差違にはあまりこだわりません。(もちろん、「嘘を教えた」とはならないように注意しますが。)
ただし、暗唱例文や単語テストにおいては別です。暗唱や単語テストにおいては、その表現の定着を目指しますから、間違えたまま覚えて欲しくない。よって、ここは「教科書そのまま」でないと正解にしない、ということを生徒に伝えます。
中期(中3~高2):「これを覚えろ」期
英語学習がだんだんと進んできたら、徐々に「何でもアリ」のスタンスから脱却し、(より)正しい表現を習得することに主眼を置きます。状況によって、微妙なニュアンスの際にも触れて、理解を求めるようにしていきます。
この時期には私は「正解」を覚えることを強調します。別解の是非を気にするよりも、「正解」を大切にする。
例えば、「単語を調べる」はlook up the word (in the dictionary)です。「先生、searchはダメですか?consultって使えますか?」のような質問には、基本的にはNoとします。もちろんダメな理由やそれらの使い方にも触れますが、「単語を調べる」と表現したいと思ったときに、look upという表現が頭に浮かばなかったことが全てであって、その表現を抜きに、たまたま自分が思い浮かべた表現で「伝わりますか」と聞くのは、厳しい言い方ですがただ安心を求めているだけに過ぎないのです。
様々な表現をレパートリーとして持ち合わせたいという考えであれば良いのですが、既存の知識だけに頼って「この表現でもいいですよね」を許容していくことは、その学習者の語彙を増やしていくことにつながりません。コロケーションの問題も出てきますから、別解の是非も状況に応じて変わります。汎用性の高い、正しい表現を正しく覚える。あるいは、ターゲットとなる新出表現をきちんと定着させる。この時期にはそうしたことの大切さを強調します。
成熟期(高2~高3):「表現の幅を」期
汎用性の高い表現を正しく使いこなせるようになってくると、次第に同じ表現を繰り返してしまうようになります。特に、エッセイライティングの語数が増えてくると、同じ表現の繰り返しが目立ってきます。
この時期になったら、レパートリーを増やして表現の幅を増やすことを強く意識させます。エッセイライティングの中でも言い換え表現を意識的に使うように指導し、同義語の知識を増やしていくように強く促します。
TOEFLのWritingにおける採点ルーブリックでは、高得点を取るためには"syntactic variety and range of vocabulary"を示す必要があると記載されています。
英検でも同様に、語彙に関するアドバイスとして「同じ語彙や表現の繰り返しにならないように、文脈に合わせて多様な語彙や表現を適切に使用して、自分の意見とその理由を十分伝えられるようにしましょう。」と記載されています。(ライティングテストの採点に関する観点および注意点(1級・準1級・2級))
このように、ライティングの力を伸ばしていくためには、幅広い語彙を使いこなす力が必要です。高校後期の学習では、豊かな表現力の獲得に力を注ぐようアドバイスします。
学習時期に適した語彙指導を
もちろん上記は大まかなスタンスの区分け・流れであり、実際にはもっと流動的にその場の状況に応じた指導を行ってはいます。しかし、学習時期に適した語彙指導を行っていくことは大切だと考えています。
最終的には表現の幅を増やしていかなければならないのに、「中期」において「これだけを覚えろ」のような指導は望ましくないと感じられるかもしれません。初めから同義語や言い換えを多く扱うスタンスではいけないのでしょうか。
私の経験上では、同義語や言い換えに重きを置くのは高校の後期になってからが適切だと考えています。初めから多くを与えると、混同してしまったり、自分にとって覚えやすいものだけに固執し、新出語句を習得して語彙を増やしていこうという動機付けにつながりにくいように思えます。英語教師はいたずらに多くを与えるのではなく、目の前の学習者の学習過程を見定めて、何を与えるか、何を定着させるかの判断を適切にしたいものです。
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