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かぐや姫は地球に行きたい 1-8
2人を見送ったロダとレオが、再び室内へと目を向ければ、そこには10人ほどの使用人がテキパキと動いていた。キャンバスやイーゼルを片付ける者、床に飛んだ絵の具を掃除する者、眠り続ける宮廷画家を運び出す者……。
「やってくれたねぇ。もう数百年も王家お抱えの画家として生きていながら、なんたる失態。並の精神状態ならしないミスだろ」
蔑むような目をして呆れるレオの横を通り、宮廷画家が姫の部屋から搬出されていく。「まともな精神状態でいれないほどの不穏さを出していたのはあなたでしょ」と、わずかばかり画家に同情を覚えるロダ。
「あの人、どうなるんですか?」
ロダが聞けば、レオは王室の評議会に事態を報告するための書類を手元で作成しながら、いたって軽く答えた。
「陛下のご裁定にもよるが、恐らく財産没収の上、地球へ追放だろう。地球水の輸送労働か……それこそ、姫の本収集にでも配属されるんじゃないか。全く、時止め人は処刑できないのが厄介だよ」
いとも簡単にそんなことを口にするレオに、身の毛がよだつ思いをするロダ。破天荒な姫の好き勝手さで誤魔化されている気がしても、ここは宮廷。王家に仕える者にとっては、些細なことが容易に命取りとなり得る。「尤も、命を取れないのが時止め人だけど」などと、ロダが思っていれば、レオに顔をのぞき込まれた。
「厳しすぎると思うかい?」
「……いえ。あの人が、私たちのこれまでの努力を踏みにじったのは、事実ですから」
きっぱりとロダが答えれば、レオは「全くだ」と同意する。
「ただでさえ、王族の前で『時止め』の話は禁句。それをまさか、よりによって姫の前で口にするなんて」
ため息をついて、報告書の続きを書くレオに、画家への怒りの感情も湧いてきたロダは深く頷いた。
月には「時止め人」と呼ばれる、不老不死の薬を飲み、時が止まった者たちが存在する。
……不老不死の薬。
……そう、薬。
この存在を、好奇心の塊である姫が知れば、たとえ禁忌だろうと秘薬だろうと、お構いなしに、ただ心の赴くままに突っ込んでいくに違いない。そのため、姫に関わる者たちは特に徹底して、姫が時止め人の存在に気づかぬよう、最大限の努力をしてきたのだ(並の記憶力を持つ人であれば、老けない人がいることにすぐに気づくのだが、姫が気づかないなら気づかないままにしておこうという方針である)。
宮廷画家が言った「時を止めても読めない」という発言。姫はただ「時を止めたとしても読み切れない」と、受け取ったのだろうが、画家の真意は「自分は時を止めているけども読めない」という、非常に迂闊な発言だった。その上、自身の失態に気づいた画家は、大いに動揺した。その慌てぶりは、まだ気づかれていない失態を、自ら明らかにするようなもの。
「あれで、姫が不審がる前に誤魔化せたら、これほど大事にはならなかっただろうに」
思い出すように、不機嫌な目つきをするレオに、ロダもその時のことを思い出す。慌てふためき墓穴を掘る画家に引き換え、レオの立ち回りは実に見事だった。問題の原因を黙らせ、姫に不審がられても、二段階の言い訳で信用させる。その器用さにロダは密かに感服していた。もちろん元をたどった、根本の根本は、レオにも原因があると信じて疑っていなかったが、その器用さは、まさにどこにでものし上がっていく武器だと思えた。
「レオ様ほど巧みに誤魔化せる人はそういないと思いますが……。その上、姫様から麻酔銃まで巻き上げるとは」
物理的に新たな武器を手に入れたといっても過言ではない腕時計で膨れたレオの胸ポケットを見ながら、ロダは言う。
「ああ、これは流石に驚いたね。図らずも姫とペアウォッチになってしまうよ」
言葉尻は困惑させたくせに、それはそれは嬉しそうな顔と口調で、腕時計をつけ出したレオに、ロダは純粋に「黙れ」と思った。このままレオを見続けていると、その腕時計を腕ごと潰したくなる衝動に駆られるので、ロダは薬草園にいるであろう姫と若君に思いを馳せる。
「姫様。何も気づかず、今日のことも忘れてくださるといいんだけど」
その呟きは、届くか、否か。