
むかしむかし、SSアルバイターだった①〜給油口どうやって開けるん〜
むかしむかし、SS(サービスステーション)=ガソリンスタンドで、アルバイトをしていた。
敷地の端っこにある、ちっさい事務所の中で、お客様の給油を見守るお仕事だった。小さなセルフスタンドで、シフトのほとんどの時間はワンオペ。
もちろん研修はあったものの、変な客……対応に時間を取られるお客様というのは大抵、研修期間が終わり、一人になった途端にやってくる。(ただのフリであるが、私は車が特別好きなわけでも、詳しいわけでもない、運転免許を持っているだけの人間である)。
タッチパネルでの操作ができず、キレられる。
軽自動車に軽油を入れようとするから、「違う違うそうじゃない」と言うと、キレられる。
携行缶に入れようとするのを止めたらキレられ、ガソリンを勝手に溢れさせてキレられる。
……まあ、そのくらいはかわいいもんだ。
ある日のこと。
親より上の世代のおばちゃんに、「給油口の開け方が分かりません」と、呼び出された。
「これ代車で、ガソリン入れて返さないといけなくて。でもどうやって開けるか分からなくて」
……いや、事情を丁寧に教えてくださっても、こっちだって、給油口なんて、自分が乗っている車しか開けたことがない。
「運転席周りにないですかね? ちっさいレバーっぽいの。足元付近とか」
実の所、この時の私は、給油口の開け方はそれ一択だと思っていた。足元の右側にあったり、左側にあったりするだけで、全ての車は、ちっさいレバーっぽいのを「カコン」で、開くと思っていた。
「それがないのよ」
おばちゃんの確認不足を疑ったことはさておき、そこにないなら、私は本当に知らない。
ここで、「分かりません、できません」と突き放すのは容易い。
でも、そこをなんとかするのが私の仕事なのだろう(客が少ないちっさいスタンドの貴重な売り上げ! 逃がせるものか!)。
車に詳しい人を召喚したいが、田舎の小さなスタンド。周りに人気はない。
「次のシフトの人、早く来て!」と、どんなに願っても、まだ三時間は来ない。
ここはもう、あの方に頼るしかなかった。
「ちょっともう一度、運転席周りをよく見てもらっていいですか?」
心の片隅でおばちゃんの確認不足を疑い続ける私の提案に、おばちゃんは素直に従い、運転席周りにしゃがみ込んでくれる。
だが、それは時間稼ぎに過ぎない(無論、あっさり見つかってくれればそれでいい)。
おばちゃんの視界から私が外れたその瞬間、私はポケットからスマホをサッと取り出した。
念のため、そして車種を確認するため、車の後方に回り込む。
……教えて! Google先生!
『車種〇〇 給油口 開け方』
ものの数秒で回答が返ってくる。
『〇〇の給油口は、手で開けられます』
……は?
給油口の部分をよく見てみれば、そこには指一本分くらいの窪みがあった。
……え、そこ引っかけると開くん? え、そんな簡単なん?
指を入れてみたい気持ちは山々。
でも「お客様の車には触らない」のが鉄則。
ちょっと頼むよGoogle先生と思いつつ「あの~すみません。ちょっとここに、指かけてみていただけません?」と、恐る恐る言ってみる。
「え? これ? 開くの?」
……知りません。開いてくれと願ってるだけです。
「まー、ものは試しに」と、適当に宥めながら、必死にその窪みを指差して勧めれば、おばちゃんはそろっと指を差し込んだ。
カチャ。
想像以上に普通に開いたーーー!!!
「あ、開きましたね~。直接開けるタイプだったみたいですね~」なんて、飄々と言っていたものの、心の中では安堵と驚きの嵐。
「あら、ありがとう。じゃ」
一仕事終えたかのような満足げな顔をしているおばちゃん。
いいや、これからが本題である。
「はい、ありがとうございました! それでは給油の方、お願いします!」
おばちゃんがタッチパネルを操作し、お金を入れるのを確認した私は、ようやく安心して事務所に戻った。