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かぐや姫は地球に行きたい 3-3
「はい、そうしたらあなたはなんて返すの?」
「今後のことは、祖父に伺いを立てつつ決めていきます」
「よくできました」
複雑な表情を顔に張り付けた元首相を挟んで、若君は姫の指示に従い、受け答えの練習をしている。先程の婚約者らしい雰囲気はどこへやら、極めてビジネスライクな姫の様子に、侍女ロダは若君のメンタルを心配しながら見守っていた。
「しかし、本当によろしいのでしょうか? 地位を追われた私などの名を出すと、余計な反感を生むのでは?」
国を経済危機に陥らせ退陣に追い込まれた元首相が心配そうに口を挟めば、姫は「話を聞いていなかったのか」とでも言いたげな目になる。
「何言ってるの。これはあなたを首相に戻すための作戦よ。次期国王との結び付きの深さを匂わせられたら、必ず力も戻ってくるわ」
「それでも前途有望なお二方に、この老いぼれが泥を塗るわけには」
引き下がらない元首相に眉をひそめた姫は、いかにも嫌そうな顔になった。地球に行く前と変わらない姫らしい姿ではあるが、ため息をつきつつも説明を始めるところが以前より優しくなったとロダは思う。
「本当に分かっていないわね。これは私たちの結婚が、まだ公に宣言されていないからできることなのよ。私が結婚を口にしたあの場にいたのは、ほとんどが使用人。今頃、高位の役人たちは、私たちの結婚が間近いという噂に、必死になって情報を集め、様子を伺っているはず。そして、直に若君に探りを入れに来る。はい、そうしたらなんて返すの?」
「今後のことは、祖父に伺いを立てつつ決めていきます」
いきなり振られてもきちんと教わったテンプレートを言える若君に、姫は満足気に微笑む。
「完璧ね」
「すると姫様は、高官たちとの駆け引きのために、わざわざ公衆の面前でプロポーズされたわけですね。さすがです」
突然話に加わって姫を褒めたのは、ロダの横に控えていた若君の従者レオ。打算的に若君へプロポーズを行ったとでも言いたげなレオの言葉に、ロダは小さく舌打ちをする。姫に笑顔を向けられて喜んでいた若君の顔がわずかに曇った。
「……まあ、そうなるわね。国の勢力図の変化に手を出せることなんてそうそうないもの」
若君の表情の変化には気づかないのか、姫はあっさりとそう言い放つ。ロダは若君の気持ちを察するといたたまれなかったし、許されるなら今すぐこの部屋からレオを蹴り出したかった。
「……さて、あとは民衆への対応ね」
姫は、今打たれている経済対策がまとめられた手元の書類に目を落とし、しばらく考え込む。
「あ、この支援物資の配布っていうの、私とジルも立ち会えないかしら?」
おもむろに元首相に尋ねる姫。
「そ、それは、お二方が町へ出るということですか?」
「ええ、二人で配るのを手伝おうかしら」
一切の躊躇いがないその提案に、周囲がぎょっと目をむいたのもそのはず。
「まだまだ不安定な情況です。町に出るというのはいささか危険が伴うかと」
姫を心配して止める元首相に対し、誰より先に口を開いたのは、レオだった。
「まあまあ、姫様のことですから、深い考えがあるんでしょう?」
やけに姫の味方ぶるレオに、ロダは「とりあえず黙れ」と、顔をしかめずにはいられない。
「そうね。町の人にも私たちの結婚を匂わせるというのが目的ではあるわね。結婚が近いとなれば、新しい服に装飾品、豪華な食事に派手な催し物。町の人たちにも準備することはたくさんあるわ。新しい商売も生まれる。値段が高くても、いるものはいる。経済が動かないはずがない」
「なるほど、さすが姫様。そこまで利用されるとは」
姫の説明に手を打って賞賛するレオ。姫は、そんなレオを一瞥した後、浮かない顔のままの若君に向かって再びにっこりと笑いかけた。
「大丈夫よ。あなたを守れるくらいの力は地球で付けてきたから。あなたを担いで逃げるくらいどうってことないわ」
若君の表情が冴えないのはその不安要素が理由じゃないと察せるロダは一人、若君のメンタル気を揉んでいた。それでも以前の姫なら、若君に対してそんなフォローをすることはなかったし(そもそも存在を覚えていなかったし)、十分に若君を思っていることは伝わってくる。若君だってそのことは分かっていそうだが……。
やはりもう、隣のコイツを黙らせる他ない。
何度考えても、ロダにはその結論しか出ない。それでも。
「楽しみね、結婚」
そう若君に笑いかける姫の視界に、今は余計なものを入れたくないと思うロダ。たとえその幸せそうな顔が、結婚生活にワクワクしているというより、明らかに自身の結婚により巻き起こる勢力争いや経済効果を楽しみにしているとしか見えなくても。