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かぐや姫は地球に行きたい 2-11
「ジル君だ。大きくなったら、彼と結婚して、共に国を治めていくんだよ」
「いく久しく、よろしくお願いします」
目の前にいるのは、無表情で片膝をついた男の子。
父親に婚約者として引き合わされたのは、あまり笑わない男の子だった。話していても、おどけてみせても、無理して作ったような笑みを浮かべるだけで、心から笑ってくれたことは一度ない。友達にもなれていない。ただ、婚約者として、時々会いに来て、一緒にいるだけ。
「ねえ、私のこと好き?」
痺れを切らしてそう聞けば、ジルは数秒目を泳がせてから、小さく何度も頷いた。
「お慕いしております」
「嘘ね」
大袈裟にため息をついてみせると、ジルは慌てたように手を握ってきた。
「私は姫様と結婚しなきゃいけないから、あなたのことを慕わなきゃいけません。じゃないと、おじい様に叱られます」
その言い方に傷つかないわけではなかったが、それよりもジルのことが可哀想に思えた。自分だって同じようなものだった。
「私だって、父上の言う通りにしないといけないから、あなたと結婚するの。でも私は、そうしたいから、そうするの。あなたと結婚するって、自分で決めた。ジルは、私と結婚させられるって思ってるの?」
手を力強く握り返してそう聞けば、ジルの目にじわりと涙が浮かぶ。
「えっと……だって……」
「私たち、いろんなことさせられるけど、操られて動く人形じゃないから、本当の気持ちを言わないと苦しくなるのよ。何も言わない人形になっちゃダメ。ジルは、ジルの意志を持って。それを私に教えてよ」
握る手が小さく震えるのが分かった。震えが止まるように、手に力を込める。
「……いたい」
「え?」
「姫様……手がちょっと痛いです」
「あ、ごめんなさい。母上譲りで力が強いって、よく言われるの」
慌てて手を離せば、ジルの表情がふっと和らいだ。それから俯いて、小さな声で話し始める。
「僕は……あなたと結婚するのが怖い。あなたにずっと気に入られることなんてできない。王様になんてなれない。死ぬのだって怖い。婚約者……やめたい」
「それがあなたの意志なのね」
「だけど、僕はあなたと絶対結婚しなきゃならない。怖いけど、王様にならなきゃいけないんです。そうするって、決めてます」
顔を上げたジルの潤んだ目は、イヤイヤというよりは、決意のようなものが見え、これもまた彼の本当の気持ちなのだと分かった。やっぱり自分と一緒だった。
「……あぁ、でもやっぱり怖い。僕にはできない」
感心した途端、ジルは再びメソメソしだす。その様子があまりにも可笑しく、愛らしかった。
「あ〜もう、ほら泣かないで。私がいじめてると思われちゃう」
「……ごめんなさい」
「分かった。じゃあ、私が面白い話してあげる。あなたが怖くなったら、いつでも私が面白い話して、楽しませるから。いろんなこと知って、いっぱい遊んで、楽しいって思ったら、怖さなんてどこかへ飛んでくわ」
「……そう……でしょうか……?」
「きっとそうよ! そういえば、この間あなたの付き人? に聞いた地球の話、すごく面白かったわよ」
「レオのことですか?」
「そうそう、多分その人。一緒に続き聞きに行こ?」
ジルの手を取って引っ張っていく。「痛い」と言われないように優しく、それでも離れないように力強く。視界には、部屋の隅に立っていた少し年上の男の子。
「レオ〜! ねえ、教えて! この前の続き!」
衣擦れの音と共に、かぐや姫は身を起こした。草木も眠り、静まり返った世界。月夜らしく、ぼんやりと部屋の調度品の姿が浮かび上がっている。
そっか、ジルに教えたくて、面白い話をしたくて、私はあんなに本を読んだのね。それがいつの間にか、純粋に自分の知識欲が上回り、記憶容量さえも全振りして。あの人に教えるという目的のための手段が、いつの間にか目的になってしまった。
ん?
ジル、婚約者、結婚。父上……父上?
私は……。なんで……?
頭の中に川のように流れ込んでくる大量の何かを、目を閉じて、必死で受け止め整えていくかぐや姫。だんだんと川の流れが収まってくる。
「そうか……そういうことか。あの草が原因ねっ!」
目を開けたかぐや姫は、大きな声で叫び、台所に向かって走り出した。