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かぐや姫は地球に行きたい 3-4

 数日後。

「邪魔するで〜」

 王に呼び出された姫は、王の謁見室にそんな掛け声と共に元気よく入室した。その腕には若君の腕が絡め繋がれていて、若君もオロオロしながら共に入室する。

「じゃ、邪魔するんだったら……帰って……?」

 人払いされ、部屋にただ1人いる王がたどたどしくそう返せば、姫の瞳が喜びで輝いた。

「はいよ〜っ!」

 楽しそうにくるりと踵を返す姫に引っ張られ、若君もヨタヨタと方向転換。同時に姫に突き放されるように、急に手を離された若君だったが、何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

「ほら、ジル! ここであなただけ本当に帰ろうとするのよ。それで私が父上に『なんでやねん、用があるから来とんねん』って言ってから、あなたが帰ってるのを見て『おいおい、ほんとに帰んなや』っていうやつなの」
「はぁ……すみません……?」

 訳が分からずとりあえず謝ることしかできない若君に、王は心の底から同情し、申し訳なさすら感じていた。

「あまり彼を困らせないでくれ。今日はせっかくあなたを褒めるために呼んだのに。そもそも、呼んだのは姫1人だったはずだが……」

 くどくどと若君に日本文化の指南をしている姫を止めるべく、王がそう口を挟めば、姫は再び若君の腕を取って絡ませると、王に向き直りニコリと笑う。

「若君のことはお構いなく。緩衝材です」

 どういう意味かと、思わず追及しかけた王だったが、なんにせよ若君にとっていい意味ではなさそうなのでやめておく。それに、姫と腕を繋がれた若君を見れば、どこか嬉しそうにデレデレしているだけのようだ。望み通り構わないでおこうと、咳払いをして本題に入る。

「さて、地球から戻ってきてからのあなたの働きには目を見張るものがあった。見事、水不足を解消し、人々の所得と消費を増やし経済を安定させた。公表前だというのに、町はすっかり2人の結婚でお祝いムード一色だ」
「ひとえに父上のご采配と、若君と、今や力を取り戻した首相の働きのおかげです」

 王の評価に軽くそう返す姫。以前なら、冗談でも自分の功績を他人に譲ることはなかった姫の変化に、王は微笑みを顔に貼り付けてしばらく考え込んだ後、素直に尋ねる。

「働きに報いて、あなたの望みを聞こう。だがその前に、あなたの心境にどんな変化があったのか教えてくれるかい? 苦しみの地と呼ばれる地球で、あなたが何を見て、何を思ったのかを」

 姫は「そうですね」と、小さく呟いてから、自分の役割を知ってか知らずか、ただただ空気になっている隣の若君の顔をチラリと伺って話し始める。

「地球の本を読んでいると、やたらと恋だの愛だのと出てくるんです。私にはその、身を焦がすほど人を思うという感情がよく分からなくて、恋愛ものはさほど好きじゃありませんでした。でも地球に行って、よく分かりました。地球の人の命は儚い。失う悲しみがあるからこそ、出会う喜びに溢れて人は輝くと」

 本当に良い顔つきになったと、王は思う。若君を見る愛おしそうな目も、地球で出会った人を懐かしむ目も、以前の姫からしたら全くの別人の美しい表情をする。

「なるほど……。確かに月では強くは経験できない感情かもしれないね」

 姫を地球に行かせたことは無駄じゃなかった。むしろ、この星の未来のために良い過程だった。どうして地球に行くことになったか、その原因はさておき、王の心は今や喜びと穏やかさで溢れた。
 続く姫の話を理解するまでは。

「私も地球でお世話になった両親を失うことに大きな抵抗感を覚えました。悲しくて、怖くて、死んでほしくない、ずっと一緒にいたいと思いました。だから、不老不死の薬を飲むよう頼みました」
「ん? え? 誰に? どうやって?」
「ですから、お世話になった地球の父上と母上に。不老不死の薬は、成分を思い出せたので、地球にあるもので調合しました」

 その場にしばしの沈黙が降りる。

「の、飲ませたの!? 地球の人間にっ!?」

 激昂する王に、素早く若君の後ろに身を隠した姫は、若君の背中からちょこっと顔を出して答える。

「この目で見届けてはいませんが、約束したので多分飲んでくださったと」

 その言葉にまた怒鳴りそうになった王だったが、顔面蒼白になっている若君の顔に怒りをどうにか抑え込む。まんまと緩衝材の役目を担っている。というより、もはやただの盾である。

「……なんてことを。あの地で永遠に生きることは極刑に値するんだよ? わざわざお世話になった方にすることじゃないだろう?」

 王としては、地球の人間に不老不死の薬を飲ませたことも、そりゃあ効果はあるだろうけど、安全の保証は欠片もない姫お手製の薬を人様に飲ませたことも叱りたかったが、とりあえず姫の心に訴えかけられそうな点を責める。

「ええ。それで、父上にお願いしたいことが。その方たちに月で暮らしていただきたいのです」

 未だに若君の背中から、おずおずと、それでいてやけにきっぱりと願い出る姫に、王は再びその発言を理解するための時間を取る。

「……え、地球人が月に? そして住むの? いやいやいや」

 理解してもしきれず、拒むように手を振れば、姫はようやく若君の背中から離れた。

「認めないと仰るのならば、私は王権をジルに一任して、死ぬまで地球に住みます」

 真剣な目をして堂々とそう言いきった姫に、若君は驚きすぎて、顔面蒼白を超えて死人のように固まった。一方、驚きすぎて逆にさほど動揺できなくなった王は軽く鼻で笑う。

「は、そんなことしていいわけがない」
「え〜? 母上だって、全部父上に任せて銀河中遊び歩いてるじゃないですか」
「……ここであの人を出すのはずるいよ。あの人の子だねって、なっちゃうから。あなたが月を出ることは、絶対に認めないよ」

 断固とした態度でそう返すものの、王の目に映る姫の姿は、必死の説得も功を奏さなかったその母と重なっていく。これはもう、何を言ったところで、姫を止められない。王は頭を抱えた。

「いや、さすがに2代続いて婿養子が全権握っちゃダメだ。しかも――」

 王は、倒れかけて姫に支えられている若君を見て「こんな明らかに頼りなさそうなナヨっとした若君に任せられない」と、声に出さずに心の中で叫ぶ。

「じゃあ、月に来てもらうしかないですね?」

 頭を抱え続ける王に、とどめを刺す姫。王は一つ唸るしかない。

「……うん」
「月で、私のそばで、時止め人として快適に生活していただきましょうね?」
「……うん」
「じゃあ今から迎えに行ってきます。あ、あと付き添いとして地球在住の月の者を1人呼び戻しますので」
「……うん。…………え?」

 流れで何かを了承してしまったと王が気づいた時には、謁見室には誰もいなかった。

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