かぐや姫は地球に行きたい 1-16
翌朝、人払いされた王の謁見室で、王の前に出たのは、姫の婚約者と、その祖父だった。王の傍らには、1人の忠実な家臣が控えている。
事態を聞いた王の行動は、迅速かつ冷静だった。話を聞きながら既に、家臣に向かって何事か指示を出し、家臣は役人へと指示を出す。その慌ただしさからして、処分は厳しいものになりそうだと、若君が姫の元に伝え戻るその前に、姫は王の元に呼び出されていた。
「お邪魔しまーす」
王の謁見室に入った姫は、誰もいないガランとした空間に、不穏なものを感じて眉をひそめたが、王が「よく来たね」と、微笑むのでそれどころではなくなる。
「違います、父上。父上は『邪魔するんやったら帰って』と仰ってください」
「用があって来てもらったのに、帰られたら困るじゃないか」
姫の要求に正論を返せば、露骨に嫌な顔をされ、王は少し傷つく。が、また地球の妙なものに影響されたんだろうと、思いを切り替え、咳払いをして話を進めることにする。
「さて、呼び出された理由は分かるね?」
「ええ、新しい毒薬の開発でしょ?」
微塵の迷いもなく、即答する姫。
「違う! そんなことをあなたには頼まない!」
「『あなたには』ってことは、私以外には頼むんですか?」
「いや、そうではなく――」
しどろもどろになってしまう王に、姫は笑い声を上げる。
「なぜ、話がちっとも進まない! なぜ会話の主導権を握れない! いつものことだけど!」と、荒ぶる心を必死で抑えた王は、息を整え、心を落ち着かせ、姫をまっすぐに見つめる。
「……あなたが、時止め人の存在について知ったことは聞いていた。遅かれ早かれこうなると予想はできていたが……。あなたは昨夜、宴の騒ぎに乗じてここを抜け出し、不老不死の薬を盗み出した。それに間違いはないね?」
「まあ、そうですね」
王が無事に話の主導権を握り、話が本題に入ってしまったので、姫はつまらなく思いながらも渋々同意する。
「参考までに聞かせてほしいのだが、一体、これはなんなんだね?」
語気を強めた王が、軽く手を動かすと、部屋にスライドが出現した。薬局の監視カメラに映る、白いマントに白いシルクハット姿で、棚を漁る姫の動画。そして、薬局のシャッターにラッカーで書かれた「秘薬は我が手中にあり」という文字の写真が、部屋の壁に映る。
「怪盗は、大胆不敵で華麗なんです。あと、犯行声明もしないといけないんです。本当は、予告状も出さないといけないらしいんですけどね」
ひょうひょうと説明する姫に、これのどこが華麗なのかと、心中ツッコまざるを得ない王。本当にそれが地球の怪盗の姿なのか、姫の解釈が違うのではないか、王は少しだけ地球の本に興味が湧いたが、今はそれどころではない。
「まだ、コソコソとやってくれたら、誤魔化しも効いたというのに……」
王が事態を耳にしたその時には既に、不老不死の薬が盗まれたということが、そしてそんなことをするのは姫くらいだということが、町中で噂されていた。大急ぎで薬局の店主と話をつけ、シャッターを取り替えたものの、人の口に戸は立てられない。王は深いため息をつくと、厳かに処分を言い渡す。
「容赦はしない。あなたには罰を受けてもらう」
「地球ですか? 地球ですね? 別に飲んだわけじゃないけど、私は地球に追放ですね?」
精一杯の重々しい雰囲気を纏った王とは対照的に、姫は地球への追放という極刑を、目を輝かせて口にする。
「あなたが時止め人になってないということは、今朝方、若君がくどいほど説明してくれたから分かってるよ。だが、王族がそれに手を出してお咎めなしでは、示しがつかないんだ。その薬、そっくりそのまま返せないだろう?」
ワクワクが隠せないのではなく、隠していない姫に、眉をひそめながら王が問えば、姫は「あー」と、納得したような声を出す。
「3錠くらい分析に使って、粉々もしくは溶けきってますね」
「でしょう?」
「あ、でも、どうにか抽出して元に戻すこともできなくはないですし、そっくりそのままの効能を持つ薬を作り直せばいいかと」
「うん、あなたならできるかもしれないけれど、そういう問題ではないのだよ。飲んでないとしても、使ったことは事実だ。使ってない証明は簡単だったが、飲んでいない証明は難しい」
眉間の皺を深くした王の言葉に、姫は突如反応し、大きく頷く。
「そうなんですよ! 時止め人と生来の人の血液を比較してみたのですが、これといって大きな違いがないんです! 驚きでした。気になる点と言えばーー」
興奮気味に報告を始める姫に、王は刑を宣告する意気をくじかれそうになるが、眉間の皺をより深くして一呼吸し、気持ちを切り替える。が、尚も一方的な報告を続ける姫の声がBGMでは、大して気持ちが切り替わらなかったので、もう適当に宣告する。
「あー、それでね。罰だけど、あなたには、一時的に地球に行ってもらうのがいいかなぁって」
「はい!」
一方的な報告を止め、嬉しそうに良い子のお返事をする姫。
「なんかついて行きたいとか言ってる人もいるけど、あなた1人だからね」
「えー?」
王が続けた点に、一応の不満気な声を出す姫だったが、付き添いなどどうでもよさそうな顔をしている。というかどうせ、昨夜聞いた、若君の決意などとうに忘れているのだろう。
「んで、あなたには、籠を使って行ってもらうから」
いたって軽く、流れで付け加えた王の言葉に、姫は一瞬にして動きと顔が固まり、呼吸さえ数秒止まった。
「うぎゃぁぁぁあああ!!!」
王が大きくゆっくり深呼吸をし、耳を手で塞ぐ頃、部屋中に響き渡る姫の叫び声。つくづく、娘に弱点があってよかったと、王は安堵の息をついた。