かぐや姫は地球に行きたい 2-7
「結婚とは、それほど重要なことなのでしょうか。皆がしなければいけないのですか?」
おばあさんとかぐや姫は、お茶を飲みながら語り合っていた。
「そうねぇ……。この世に生を受けたなら、次の命を繋ぐのも定めの1つだとは思うけれど、私たちのように子ができないこともあるから……。まあ、色恋ほど良くも悪くも心が揺れるものはないですから、なんだかんだそれが楽しいんじゃないですか?」
「楽しい……ですか。私は、父上と共に追っ手から逃げている時が1番楽しいです」
きっぱりと言い切ったかぐや姫だったが、おばあさんにじーっと見つめられ、居心地が悪くなる。
「なんですか?」
「本当にあれと血が繋がってないか、心配になって」
おばあさんの目線の先には、板の間で伸びている2人の男。「あれ」とぞんざいに指差すのは、仰向けで白目をむいたおじいさんである。
結局、男女で分かれた手合わせは、家が壊れる間もなく、おばあさんとかぐや姫の圧勝に終わった。今しがた手刀を叩き込んだばかりのおじいさんを、尚も見つめ続けるおばあさんの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「……母上は、父上との恋が楽しかったんですか?」
そんなおばあさんの顔を覗き込んで、かぐや姫が尋ねれば、おばあさんは大急ぎで何度も首を横に振る。
「まさか。あれと好きで結婚する人などいないでしょう」
「じゃあ、許婚ですか?」
「あの根っからの泥棒に許婚がいたと思います?」
「えー、じゃあ、何かの罰で?」
かぐや姫の言葉に、おばあさんは驚き半分、呆れ半分の顔になる。
「罰って……。あなた、結婚は罰になりえるほど嫌なことなんですか?」
「え、喜んで結婚する人っているんですか?」
自分がした質問に、真顔で質問を返されたおばあさんは、呆れ全開の目になる。
「少なくとも、この家の周りにいる人たちは、喜んであなたと結婚したいと思ってますよ」
おばあさんは深く大きくため息をつくと、「やはり常ならぬ子だわ」と呟きながら、億劫そうに立ち上がる。
「そんなに嫌なら仕方ありませんね。おじいさん! 起きてください」
そう言いながら、おじいさんの鼻をつまむおばあさん。数秒後、おじいさんは「フガッ」と喉を鳴らし、おばあさんの手を払いのけて飛び起きた。
「殺す気か! ついに殺す気だな!?」
おじいさんの寝起きの一言に、かぐや姫が疑問を呈すその前に、おばあさんはおじいさんに向かって言う。
「あなたのことが大好きなかぐや姫が、どーしても結婚はしたくないそうですよ。なんでも、あなたとずっと一緒にいたいとか」
「いつそんなこと言っただろうか」と、首を傾げるかぐや姫の横、おばあさんはさらに言葉を続ける。
「それで、家の周りの男共を蹴散らしてほしいとのことですが、あなたにお願いしてもよろしいでしょうか?」
全く心当たりのないかぐや姫のお願い事を、それはそれは嬉しそうな顔で聞き入れたおじいさんは、大きく頷く。
「かぐや、待っちょれよ? わしが天下一の身のこなしで、ヤワな男なぞ秒で捻り上げたるからな。ほれ、あんたも行くぞ!」
カッコつけてかぐや姫に宣言したおじいさんは、未だ足元に転がったままの瞬間移動ができる元月の男をぞんざいに足で蹴った。しかし、男は「姫様には……許婚が……」などと、寝言のように呟くだけで目を覚まさない。軽く息をついて諦めたおじいさんは、うーんと伸びをしながら、家の戸口に向かって歩み出す。
「じゃ、行ってくる」
やたら渋めの声を出し、背中で魅せてくるおじいさんに、なんか面白そうだからついて行こうとしたかぐや姫だったが、すかさずおばあさんに制止される。
「あなたはこれでも読んで、人の心の機微でも学びなさい」
どこからともなくおばあさんが取り出したのは、大量の文の束。その一枚一枚が、外にいる男たちからかぐや姫に宛てられた恋文である。「はーい」と、渋々返事をしたかぐや姫だったが、気だるげに紙をつまんでいて、あからさまにやる気がない。そんな様子に、おばあさんはしばし考えを巡らしてから、おもむろに言う。
「私は、盗賊として名を馳せるおじいさんを始末しようと結婚しただけですよ」
「……え?」
文から顔を上げたかぐや姫は、しばらくその言葉の意味を咀嚼する。
「え!?」
持っていた文を投げ捨て、おばあさんに詰め寄るかぐや姫のその顔は、好奇心に満ち満ちていた。もちろん続きが話されるものと、期待した目で見つめるかぐや姫をさらりと交したおばあさんは、床に散らばった文を集めていく。再度、それらをかぐや姫に手渡し、にこりと笑う。
「この中に、私とおじいさんが送り合った文の写しがあるかもしれませんねぇ。見事当てられたら、私たちの昔話をしてあげますよ」
おばあさんから奪うように文の束を取ったかぐや姫は、貪るようにその文の一つ一つを読み始めた。
ちなみに、自称天下一の身のこなしのおじいさんの活躍で、家の周りはすっかり静かになっている。どうしてもかぐや姫と結婚したいとごねる貴族が尚も5人ほどいたが、目を覚ました元月の男が無理難題を突きつけ、おじいさんの実力行使も効いて帰って行った。