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かぐや姫は地球に行きたい 3-7

 「ところで、父上はどこに? 変わらず竹でもとってますか?」

 おばあさんたちの今の住居である現代的な家屋に入り、抱えていた若君を放り捨てて姫が聞けば、おばあさんは家の外の別の建物を指さした。

「あっちの洋館。今、生配信中で手が離せないんですよ」
「生配信って……YouTuberにでもなったんですか?」

 姫が半笑いで聞けば、元月の男が板の間でひしゃげている若君を心配しながら、自分のスマホの画面を姫に見せる。

「現代に蘇りし忍び夫婦ってことで、そこそこバズってます」

 スマホの画面には、姫もよく参加していたアクロバティック喧嘩を繰り広げるおじいさんとおばあさん。各SNSを駆使し、そこそこに人気を獲得しているようだった。

「まあ、蘇る前に死んでもないですけどね」

 スマホを引っつかみ食い入るように見ている姫には、おばあさんのそんな軽口は聞こえない。あまりにも熱心に見ている様子に不審に思ったおばあさんが覗き込めば、姫はすっかり別のショート動画を見ていた。

「何見てるんですか」
「ずっと、ずっとやってみたかったんです……おすすめ動画を送り続けて時間が溶ける生活を!」
「そんなもんに憧れるんじゃない」

 半目でツッコミを入れるおばあさんは、姫が持つスマホに向かって手を伸ばす。その動きを見越した姫は、地球にいる月の者の特殊能力、瞬間移動を使って、スマホが奪われる前に逃げた――はずが、1mほど移動した姫の手にスマホはない。おばあさんは自分の手の中にあるスマホを得意げに見せびらかす。

「なぜっ!?」
「月男さんで練習しましたからねぇ。1300年もあればあなたたちの瞬間移動なんて屁でもないですよ」

 朗らかに挑発するおばあさんに、姫は一瞬言葉を詰まらせ、ようやく出てきたのは「月男って誰!?」という、キレ気味の疑問の声。若君の体勢を変え、呼吸を確認していた元月の男が「私です」と、そろそろと手を挙げる。

「あなた、なに母上を強くしてくれちゃってんの!?」

 姫の激高に、身をすくめつつ「すみません」と謝る元月の男改め……否、略して月男。その間におばあさんは、姫がむやみにスマホを使わぬよう、ペアレンタルコントロールを設定してから、月男にスマホを返す。姫に奪い取られる前提で制限付きになった自分のスマホに愕然とする月男の横、おばあさんはようやく床にひしゃげた物体に話題を移す。

「そろそろ、これが何なのか教えて頂けませんか?」
「ああ……」

 姫もおばあさんの視線の先の、自分の婚約者を見る。いち早く若君を紹介したい気持ちもあって同行させた姫だったが、かつておばあさんたちに「結婚したくない」だの「色恋は楽しくない」だの言っておいて、今や「好きで結婚する」とはなかなか言い出せない。姫が言い淀んでいたその時。

「かぐやー!」

 大きな声と共に、生配信を終えたおじいさんが家に飛び込むように入ってくる。

「父上!」

 姫も答え、2人はそのままの勢いで抱き合った。が、おじいさんの片手は横にピンと伸ばされたまま。その手には自撮り棒付きのスマホ。

「いちいち動画回さないでください」

 おじいさんのスマホを取り上げたおばあさんは、動画撮影を止める。

「超絶美形のかぐやでいいねの荒稼ぎじゃい! そうだ、かぐや。ダンス動画も撮ろう。月男、準備」

 おばあさんの注意に耳を貸さないおじいさんは、サッとスマホを取り返し、月男に指示を出す。日頃、撮影やレフ板など裏方をしている月男だが、今ばかりはおばあさんの顔を見て頑なに動かない。一方、姫は「踊ってみたい!」とノリノリで、今の流行りはどんなものかと、おじいさんのスマホを覗き込んでいる。姫はダンス動画を探しながらも、しみじみと呟いた。

「いやはや、きっと逞しく生き抜くとは思っていましたが、これほどまで時代の波を乗りこなしているとは……。予想を軽々越えられました」
「まあ、ずっと生きとるからな。金もな、各時代の建造物とか道具や装飾品なんかを、状態良く保存しといて、時期が来たら目利きに売るんじゃ。儲かって仕方がない」
「なるほど、さすがですね」

 姫の賞賛に、おじいさんは頬を緩ませ頷きつつも、いつまで経っても動かない月男の代わりは誰かいないかとおじいさんは見回す。すぐに床で転がっている若君が視界に入った。

「おおっ! バズりそうな美形じゃあ! 世に出りゃモテモテじゃな!」

 おじいさんの興奮した声に、突然ぴくりと眉を動かした姫は「ダメです」と、おじいさんのスマホを手で遠ざけた。

「この人は撮影禁止です。私のものですから」

 怒りさえ含まれた姫の静かな言葉に、おじいさんは気迫に押されて何も言えなかったが、全てを悟ったおばあさんは顔をニヤつかせていたし、月男は感動で咽び泣いた。しかし、未だ重力に負けて起き上がれないでいる若君は、誰が何の話をしているのかさっぱり分かっていなかった。

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