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ショートショート『宇宙一の混浴温泉』

 宇宙一の混浴温泉があるとの噂に、俺はいてもたってもいられずさっさと動き出した。
 それは山奥にあった。
 一見温泉があるとは思えない簡素な建物に入ると、にこやかな顔をした男が俺を迎えた。随分と頭の大きな、頭の上部が大きく膨らんだような形の、まるでタコのような男だった。
 だがそこは間違いなく噂の混浴温泉だという。そして俺は大きな期待を胸に温泉へと飛び出すも、残念ながらまだ俺以外の人の気配は無く、仕方なく俺は体を洗い、湯に浸かってじっくりと待つことにする。
 温泉自体は割とありきたりというか、言うほど特別感も無い印象だった。
 大きな丸桶のような湯船に温泉が溜まっており、しいて言うならばその湯船は照り輝く銀色であり、自然に囲まれる中でここだけ随分と人工的な印象を抱く。湯船の底も深く、男の俺でも立ち上がり、なんとか足が届くほどである。
 俺はこの温泉に辿り着く最中、妄想を膨らませ続けてきた。何せ宇宙一の混浴温泉である。夢や楽園のような絵を描いても、何ら問題はないだろう。
 俺は気合を入れる。今日だけはこのままどれだけ湯に浸かり続けようと、決してのぼせるわけにはいかないのだ。
 その時、ぴちゃんと奥の水面で音が鳴った。
 急いで音の方向を見ると、そこには湯の中を泳ぐ一匹の魚の姿があった。
 温泉に魚?一体どこから入ってきたというのだろう。そもそも湯の中で悠長に泳いでいても大丈夫なのだろうか?
 だがしばらく眺めてみても、魚は変わらず楽し気に泳いでいる。
 魚一匹と男一人の混浴である。
 そしてしばらく揺蕩っていると、またぽちゃりと何かが湯に入る音がする。
 今度は一匹の豚だった。
 本当にどこから忍び込んできたというのだろう。豚も底の深いこの湯の中を、器用に泳ぐように水面をしばらく揺らぐと、前脚を湯船の縁にかけ、気持ちよさそうに鼻を鳴らす。
 魚一匹と男一人と豚一頭の混浴である。こうなるとは流石に想像もつかなかった。
 その後も訳の分からぬ事態は続いた。
 温泉の湯船に様々なもの達が飛び込んでくる。
大小さまざまな魚は飛び込んで来、気づけば湯の中はさながらアクアリウムである。またどこかからイルカまで現れ、ピシャリピシャリと湯の上を飛びまくる。
 空から現れた鳥たちは一直線に湯の中に飛び込み、赤らんだ顔を出して気持ちよさそうに湯に浮かぶ。猿やウサギ、リスや羊なども近くの森からやってくると、その後を追うように鹿や馬、牛までもが現れ、その巨体をざぶんと湯の中に飛び込ませ、強烈な飛沫に俺の顔は濡れる。
 そして遂には熊が現れた。その見るからに獰猛な風貌に、裸で逃げ場もない俺は流石に死を覚悟した。だが熊は俺などには目もくれず、ゆらり、ざぶんと湯に浸かる。息を吐き、目を閉じるその熊の顔はまるで仕事終わりに銭湯に現れる中年オヤジのようだった。
 するとその時、ガラガラと温泉入口の扉が開く音がした。俺はようやく誰かやってきてくれたかと見るが、そこに立っていたのはあのタコのような男だった。
 男は台車のようなものを引いてきており、その上には何やら野菜が積まれていた。
「混浴、追加いたします」
 男は次々と野菜を投げ始め、それはぼちゃりぼちゃりと湯に入る。
 現在の湯船の様子を見ると、そこにはありとあらゆる動物たちが湯に浸かり、気持ちよさそうに顔を赤らめ、ざぶんと潜ればそこには多量の魚たちと底で揺らぐ野菜たちである。
 それは随分とカオスな光景だった。宇宙一の混浴温泉というのは、こういう話だったのか俺は納得する。確かにこれだけカオスであれば、宇宙一だというのもあながち間違ってはいない、かもしれない。
 まあこれはこれで、楽しいものだと再度この混浴を楽しみ始めた時、俺は湯に異変が起きていることに気づいた。
 ぶくぶくと湯の表面に多量の泡が浮かび上がってきている。さらにはどこか湯が、徐々に熱くなってきている気がした。
 いやしかし勘違いかと思ったもやはり次第に、泡の数は増すばかりでブクブクと湯は沸き立つ。さらには明らかに湯の温度は上がってきており、見れば周囲の動物たちもみな、気分を悪くし、中には湯に沈みだすものもいる始末である。
 これはまずいと思った俺は、湯から上がろうと縁に手をかけ、ざぶりと湯から体を出す。だがその瞬間、俺は頭をけたぐられ、再び湯の中に飛び込むのだった。俺をけたぐったのはあの男だった。ただタコのような男のその肌は、今や銀色に変貌し、その目玉も随分と大きくなっていた。それはさながら映画に出てくる宇宙人そのものだった。
「特殊な電波で動物たちを集め、風の噂で隠し味の人間を呼びつける。そうやって作った地球のスープは格別でして」
 銀色の宇宙人そうやってケタケタと気味悪く笑い、一方で煮えたぎる湯の中に俺は沈みゆく。俺はようやくこの銀色の湯船が、俺たちを調理する鍋代わりだったのだと気づいた。

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