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バッタの死骸から、石鹸を作った話。 

 学生時代の経験として、バッタの死骸から石鹸を作ったことがある。これは何かの比喩や冗談でもなく、本当にバッタの死骸から石鹸を作ったのである。

 事の始まりはこの本だった。

『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎 著


 アフリカでのバッタ被害(蝗害)を食い止めるため、単身モーニタニアへと飛び立った著者の奮闘が綴られる、めちゃくちゃ面白い本である。
 前提としてこの本が面白過ぎるので、まずはとにかく全員読んでほしい。自分も恐らく4回くらい読んだと思う。自分は気に入った本でもよくて3回くらいしか読まないので、そういった意味でもとにかくこの本は面白い。
 バッタの写真を見ることに抵抗感を抱くであろう方に向けて、バッタの画像を削除したバージョンもたしか出版(もしくは電子版配信)されていたはずなので、そういった方も調べて是非読んでほしい。
 またこの文章内でもバッタの画像を直接貼ることはしていないので、その辺も安心してスクロールしていってほしい。

 とにかく自分は学生時代にこの本と出会って、脳内にバッタの基本情報や面白さが刷り込まれた。そしてそんな中でやって来たのがコロナ禍だった。
 当時在学していたのは、新潟の田舎の方に建つ学校ではあったが、都市部と同じくそのあおりを受け、授業はオンライン化、登校もかなり制限された。
 とはいえ研究室での研究も実質免除状態だったため、読みたい本を好きなだけ読める時間が出来たのは至福だった。そんな中で呼んだ『竜馬がゆく』もまたとんでもなく面白かった。

 そして徐々に登校が解禁となり始めた夏。とはいえそこで問題となったのがインターンだった。当時の自分の学年では、通常その時期に最低2週間のインターンが義務付けられ、卒業に必要な必須取得単位とも紐づけられていた。しかしインターンを実施している企業も少なく、学校側はそれに伴った対応を迫られたらしい。そこでインターンの代わりとして行われたのが課題解決型実習という取り組みだった。
 要は何人かずつに分けられた各グループにそれぞれ課題が与えられ、夏休みの内2週間を使い、それに取り組むという話だった。
 そうして自分のグループに与えられたのは、ルワンダの学校と提携して行う、コロナ対策の課題だった。

 ルワンダはアフリカにある国で、位置的に言えばウガンダとブルンジの間である。コンゴ民主共和国とタンザニアの間と言った方が分かりやすいかもしれない。
 さらに簡単に言えば赤道に近い国であり、当時全世界を脅かしていたコロナは、日本から遠く離れたルワンダに関しても同様に飲み込もうとしている状況だった。
 またルワンダはスラムがあり、清潔な衛生環境の及ばないスラムでは一気にコロナが広がる可能性があるという話でもあった。

 そんな状況を前提として、自分のグループに与えられた課題は、簡単に言えば「ルワンダのコロナ対策を考えよう」という内容だった。
 課題では成果物として何か形のある物を一つ制作しなくてはならなかったため、一体2週間でどんなことをしようかと、いくらかの相談が続いた。
 結果としてグループとしては、非接触で体温を測定し、規定体温より高い体温が検知されれば入場を拒否するゲートの作製に決まった。こちらの話は、バッタの本筋とずれてしまうのでここで終わる。成果としては無事に完成したので大変良かった。

 そしてようやく本題のバッタの死骸で石鹸を作った話に移る。

 ルワンダのコロナ対策を考える会議中、自分の頭の中にあったのは、バッタのことだった。『バッタを倒しにアフリカへ』で書かれていたバッタ被害は主にモーリタニアに関してであったが、ルワンダには砂漠があり、同様にバッタが発生し、蝗害を引き起こすようであった。(蝗害とは、砂漠にて大量発生したバッタが、農作物が育つ場所まで飛んで来て食い荒らす被害のことである)
 どうにかこのバッタ被害と、コロナ禍への対応策を結び付けることは出来ないだろうか。そしてコロナ対策への案として挙がった石鹸というワードを目にした時ふと思ったのだった。

 バッタの死骸から石鹸を作ることは果たして可能なのだろうかと。

 バッタ被害の影響で、おそらくとんでもない量のバッタの死骸が発生する状況ではある。そこでそのバッタの死骸を用いて石鹸が作れれば、イコールでコロナ対策にも用いることが出来、バッタとコロナに対する一石二鳥の策になり得るのではないか。

 そんな思い付きを担当の先生に伝えてみた。スルーされた。聞いていないことにされてしまった。当たり前のことだと思う。
 ただちょっと悔しかった自分は、同じグループにたまたま居た仲の良い友達を一人誘って、バッタの死骸からの石鹸制作を試みてみることにしたのである。
 時期は丁度夏休み、本来の課題に割く時間を差し引いても、時間はたっぷりとあった。

 まず前提として、バッタの死骸から石鹸を作ることは原理的に可能なのかという話になってくる。
 ひとまず石鹸のつくり方を調べてみた。どうやら太古の石鹸は、木を燃やして出来た灰の汁と、雨水と油を混ぜ合わせて作られたらしい。

 簡単に言えば、
 灰汁(アルカリ性の水) + 油
 という簡単な式で石鹸は作れるのである。

 そして肝心のバッタは農作物を食い荒らす、いわば草食。つまり草木を食べて育った身体は、成分的に草木と近しいのではないか。
 この辺りで、ほんとにバッタで石鹸作れちゃうの? という気分になってきたことを思い出す。

 またバッタの成分をネットで簡単に調べてみた。そして調べてみるとこれまた、いけそうな成分なのである。
 ただ一つ懸念材料があるとすれば、カリウムやナトリウムの存在だった。

 石鹸を用いる際、硬水は不向きであるとされている。それは硬水に含まれるカリウムやナトリウムが、石鹸の泡立ちを阻害してしまうからである。

 そしてバッタにもそれなりの量のカリウムやナトリウムが含まれているようだった。
 じっくりとそれらの量を眺める。石鹸を制作するに必要な重量から、最終的に生じるそれらの量も計算してみる。はたしてこれは石鹸作りを不可能にする量であるか否か、非常に微妙な数値だった。そうなってくるともうやってみるしかないんじゃないかという気になってくる。

 またこのあたりで持ち上がってくるのが、どうやってバッタの死骸を集めるものか問題である。野原に行って死骸を探し出して拾い集めてくるのか、それはきっと恐ろしく非効率的だし、そして何より自分が虫に触れないことを忘れていた。大変に困った。

 そんなわけでバッタの死骸に関しては、Amazonで便利なものを買うことにした。

 パッケージに思いきりバッタが描いてあったので、雑な画像処理を使って隠させていただいた。


https://www.amazon.co.jp/TAKEO-タケオ-国内正規品-食用-粉末バッタ/dp/B07HPHY5G4

 恐らくは魚のエサか何か用であろう、バッタ粉末である。こんなにもバッタ石鹸の制作実験に適したものがあったことに驚き、感謝する。とはいえネックはその値段で、一袋3000円超と、金欠学生には中々キツイ。とはいえ買った。製作に用いるサンプル量の計算結果から、二袋買った。本当に出来るのかもわからない石鹸のために6000円。高い。高い。あまりにも高い。けど買った。二袋買った。
(今現在、一袋1000円で販売されている。シンプルに悔しい。)

 数日後、無事にバッタ粉末が届き、いよいよ石鹸製作が始まる。
 まずはバッタ粉末を灰にする作業である。

 粉末をどうやって燃やしたものかとしばらく頭を抱えたが、自分の所属する研究室には、たまたま丁度いい炉があった。確か1000℃近くまで熱することが出来る炉であり、バッタ粉末を灰に帰すにはもってこいの炉である。
 いくつかの耐熱性の小瓶に、バッタ粉末を詰め、その炉に放り込んで数時間待つ。
 待っている間は暇なのでその場を離れる。そして少し経って戻ると、研究室の前でちょっとした騒ぎが起こっていた。
 そこに居たのは対面の研究室の先生と学生たちだった。どうやらバッタというのは燃やすと、ひどいドブのような匂いを発生させるものだったらしい。この匂いはなんだと、一体何を燃やしてやがるんだという騒ぎになっている。本当はこっそりバッタ石鹼作りを遂行したかったのだが、こうなれば仕方ない。その先生らに、バッタの粉末を燃やしていることを正直に話す。普段行っている研究とはあまりにもかけ離れたバッタである。普段はお米を扱っていた。お米を燃やすのではなく、バッタを燃やしている。案の定先生らにはぽかんとした顔をされたし、説明したことを後悔したけれど仕方なかった。
 そしてその後無事数時間が経ち、炉を開けると無事にバッタの粉末は灰になってくれていた。
 一袋100グラムの粉末、ただでさえ貴重なそれは灰になると驚くほど少量に縮小する。

こんな風に小分けに小瓶に入れ、炉にて熱した。


200gの粉末からこれっぽちしか灰ができない。


 そんな貴重な粉末をビーカーに入れて水を注ぎ、灰汁を作製した。

バッタの灰汁。当時の時価で6000円の汁ということになる。


 ここまでくれば後は、
 灰汁(アルカリ性の水) + 油
という単純な式を信じ、作製した灰汁と適当な油を混ぜ合わせるだけである。

 作製したバッタの灰汁を友達の研究室に持ち込み、その研究室にあった油をいくつか拝借して混ぜ合わせる作業を始めた。
 貴重な灰汁のサンプルであるから、そこまでの試行回数は存在しない。また3000円やら6000円やら払うのは本当に嫌だった。
 どうかそれっぽいものが出来ることを信じて、僕らは混ぜ続ける。

 そして結果として、本当にそれっぽいものが出来た。


色はバッタ由来ではなくて、おそらく油の色なのだと思う。


 この時点で、なかなか興奮したことを覚えている。
 そしてこれを手にいくらか付着させ、

 水にぬらしてこすっていく。

 こすって

 こすって

 こすり続ける。

 この時、頭にあったのはもちろん6000円のことで、どうにか泡立ってくれることを祈る。そして、

 泡だった!!!!!
 (かなり微妙であることは見逃してもらいたい)

 こうしてバッタの死骸から石鹸を作ってみるという個人的な催しは、無事成功に終わった(と思う)。

 とはいえバッタの死骸で石鹸を作ることが出来たと思い込んではいるが、あれが成分的に本当に石鹸だったのかということは詳しく測定も何もしなかったため、暇な研究者の方などがいれば、もしくは同じ学校の後輩たちで暇なやつらがいれば、是非試してみてほしいと思う。
 また実際アフリカで手に入るバッタの死骸は、散布された殺虫剤を浴びているはずであるため、それらの成分が含まれた場合でも可能であるのか、という問題も残っている。

 それにそもそも、バッタの死骸から出来た石鹸など気持ち的に誰も使いたがらないだろう。

 ただ、思いつきの好奇心で動いたあの経験は、当時をこうして振り返ってみても、やはりいいものだったなと思う。思いつきを実行できる設備の整った学校であったこともありがたかった。

 ここまでお読みいただきありがとうございました。  以上です。


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