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生きる為の知恵・生き抜く為の知恵

生きる為の知恵・生き抜く為の知恵

この二つの違いを教えてくれたのは
たしか穂村弘さんの著作だったと思う。

生きる為の知恵と生き抜く為の知恵の違い

簡単に言えば:

・生き抜く為の知恵とは

世でお金を稼いだりして、自身の生命を生き延びさせる為の知恵。

・生きる為の知恵とは

自身の人生をより豊かにするための、自身の為の知恵。

ということになる。

巷によくあるビジネス本などは、ほとんどの人にとって生き抜くための知恵について書かれた本になるんだろう。

生きる為の知恵・生き抜く為の知恵のバランス

こう書くと、生き延びる為の知恵じゃなくて、自身の人生をより充実したものにする、生きる為の知恵についてもっと学んでいきましょうよ、的な論法になりそうだけれど、僕が言いたいのはそういう事ではない。

両方大事だよねってことが言いたい。

例えば僕は音楽が好きだしアウトドアが好き。この二つについて本や実体験から学んでいくことは、自身の人生をより豊かにしていき、QOL(quality of life)を高めていくのに役立つと思う。否、役立っている。

だからと言って、生きる為の知恵だけをつけていけば、生活に困り、結果的に人生を楽しむ、自身の人生を生きる為の大切な土台が失われてしまう可能性だってある。

まぁ、自身が好きなこと、生きる為の知恵をもとに自身で商売をしてお金を稼ぐって方法・可能性もないわけではないんだけれど、僕は好きを仕事にしたら楽しめない方だと思うので、この可能性は自然と起こらない限り、あんまり考えてはいない。

生きる為の知恵・生き抜く為の知恵の間にある知恵

ここまで書いてきて、生きる為の知恵と生き抜く為の知恵の間というか、両方にオーバーラップする知恵もあるよね、と思い至った。

僕自身の例で言えばそれは英語。

個人的に英検1級を保持していたり、TOEIC980点だったりするんだけれど、英語は生きる為にも生き抜く為にも役立ってくれている。

今は地元に戻り、英語を使った仕事はしていないけれど、昔は貿易関連の仕事だったので、毎日英語を使って仕事をしていた。この意味では英語は生き抜く為の知恵となる。

じゃあ仕事で英語を使わなくなったからって、もう英語は僕の人生に役立たないのかと言われればそうではない。

好きな音楽やアウトドアの情報をYouTubeから得る時、僕は海外のYouTuberさんの動画を見て学んだらするので、英語はなくてはならない。また海外の友人との連絡はすべて英語だ。この意味で英語は僕の人生を豊かにしてくれている生きる知恵だと思う。

これからの生きる生き抜くを考えたい

なんでこんな事をつらつら書いているのかと言うと、それは僕自身が最近四十歳になって、これからの人生を考えたいと思っているからだ。

これからの人生を家族と共にしっかり生き抜き、なおかつより良い人生を生きる為に、四十という節目を迎えた今、しっかりと人生について考えたいと思っている。

極私的生きる生き抜く

ここから書く事は、あなたとは別の生きる為の知恵、生き抜く為の知恵となると思う。なのであくまで他人の参考例と思って頂きたい。

生きるための知恵には、音楽とアウトドアが来る。これから新しい事をやるよりは、これまで何十年とやってきて、今でも好きな何かを深めたいと考えている。深めるとは逆の言葉にも思えるけれど、積み重ね高めていきたい。そしてその積み重ねがなければ見れない景色を見ていく事、楽しんでいく事が、僕の人生の幸福度を高める役に立つと思う。

生き抜く為の知恵には、何か新しい何かを選びたい。生きる為の知恵に深める事を選んだ分、生き抜く為の知恵は逆に人生の幅を広げる何か新しいものを選びたい。今頭に浮かんでいるのは会計だ。簿記会計を学ぶ事は社会でも役立つし、家計の管理にも役立つ、ボケ防止にもなるんじゃないかと考えている。

生きる生き抜くのバランスをとろう

僕の周りで多いのが、生き抜く事で必死なタイプだ。

社会で認められる事=自分の人生の幸福

と考えているような感じを僕は覚えてしまう。

本当にそうなのだろうか?

社会=自分と考えて生き抜いてきた人の定年後の生活を思うと、失礼ながら僕は可哀想な結果、無力感に苛まれる日々が待っている可能性が高い気がして心配になる。

もしあなたがそうなら、生き抜く為の知恵と同時に生きる為の知恵についても少しは思い巡らしてもいいんじゃないですか?と問いかけたい。 

思い巡らすのはタダだ。

無料で人生が豊かになる可能性があるのなら、それは悪い話じゃないんじゃないかなって思います。











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