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走り茶や話は昔のことばかり

絵は慈照院銀閣寺にある足利義政が飲んだと言うお茶の為の湧き水です。銀閣寺はもともと足利義政の隠居後の住まいだったところで、ここから東山文化が花を開き、今に繋がる日本文化の礎になったと言われています。私は義政については小説で読んだ印象が強く、彼の優柔不断な性格が応仁の乱の原因を造り、政治に嫌気がさして自分の趣味の為に政権を投げ出した駄目男のイメージを持っていました。でも改めて調べると実は紆余曲折の末37才で将軍職を長男義尚に譲ったあとも息子が若いこともあって政務を続けていたようですし、義尚が成長しても実権を渡さず、最後の最後まで権力にしがみついていたようです。

一方嫁の日野富子も北条政子、淀姫と並ぶ「三大悪女」と呼ばれていますが、すでに3人の子供がいた義政に嫁ぎ、義政の乳母に虐められるなど決して幸せな人生だったとは思われません。それでも我が子義尚を将軍にすべく動いたことで応仁の乱を加速させた悪女、しこたま金を溜め込んだと金の亡者と言われています。

個人的な印象として足利尊氏を始め足利政権の関係者は歴史上余り良く書かれない傾向があるように思われます。一方で楠木正成や新田義貞などは後醍醐天皇を支え、足利家と戦った忠義な家臣として英雄視されています。

義政も先代義勝の早逝により13才の元服と同時に若くして将軍になったものの、始めは母の日野重子、その後は嫁の日野富子に振り回されて政治に嫌気が指したことはあったかも知れません。実は弟義視の嫁も日野良子、息子義尚の嫁も日野家から嫁いでいるので周りの女性は日野一族ばかりです。父義教は暗殺され、後を継いだ兄も10才で亡くなった義政は日野一族にがんじがらめとなり翻弄され続けた可哀想な人だったのかも知れません。伝えられている歴史は決して真実ばかりではありません。

走り茶や話は昔のことばかり

歳を取ると話すことはどんどん昔のことになって行きます。今では最近の話より自分の子供の頃の出来事が頭に浮かんで来るようになっています。

そうそうこれは最近の話です!久しぶりに医者に言ったので、受付でマイナンバーカードを使って健康保険証とちゃんと紐付けされているかチェックして見ました。最近ニュースで持ち切りだったのでちょっと不安でしたが、結果は全く問題なしでゆったりと待合室に座っていました。するとしばらくして窓口に呼ばれ「健康保険高齢受給者証」を見せろと言うのです。70才から75才まで持たされる健康保険証とは別の紙で出来た証明書のようなもので財布に入らないやっかいな奴です。政府はマイナンバーカードに紐つければ薬の情報や病歴などが一括して管理出来るので便利だと大見得を切っていたはずなのに、なんとなんとこの「健康保険高齢受給者証」は紐付きされていませんでした。なんでやねん!!!!


令和5年5月の5句

走り茶や話は昔のことばかり
思い出を語るでもなく夏蜜柑
夏色や二人ゆっくり歩いてく
ビール手に病気自慢の同期会
花街や白味噌餡の柏餅

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