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木原事件 ある国会議員一家の事件簿(6)

この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。

逸子の夫、鬼原作二は銀行員の父親の関係で幼少期をシカゴで育ちました。その後、小学生の時には父親の転勤に伴いアムステルダムに住むことになりますが、4才上の兄の中学受験と言う事情でやっと友達が出来たばかりにも拘らず数ヶ月で作二も一緒に日本に帰されます。鬼原家は母親の父も銀行員と言う銀行一家で、子供たちが銀行員になるのは当たり前と言う雰囲気の中で育った作二ですが、親の期待通りの優等生である兄への反発もあり、兄とは違う武蔵中学に行くと決めました。武蔵中学・高校は大正11年に創設された日本最古の7年生私立高校で、校風は質実剛健で知られ、制服も生徒手帳も無い自由な空気に溢れる学校でした。一応、開成・麻布と並ぶ東京御三家ではありますが、異端の有名校と言えるかも知れません。海外で育ち、兄に対抗心を燃やす作二にとってそんな武蔵中学はうってつけの中学だったようで青白い秀才を馬鹿にする素質はこの頃にはもう出来上がっていました。

1993年東大法学部を経て大蔵省に入省した鬼原は人生で始めての挫折を味わうことになります。当然、主計局に配属されると思っていた彼に告げられた配属先は証券局証券業務課でした。入省して数ヶ月後には宮沢政権が倒れ、非自民・非共産の8党連合の細川政権が誕生します。その細川政権も長く続くことはなく羽田政権に替わり、さらに社会党の裏切りにより94年半ばには過去ずっと政敵であった自民・社会・さきがけ党による村山政権が誕生します。そんな政治的混迷が続く95年に財務省派遣でロンドンに留学した鬼原はその2年後にようやく主計局に配属されますが、担当は花形の予算配分とは無縁の法規課という部署でした。それでも真面目に働いていると2年後には英国財務省への出向と言う史上初めての試みで再びロンドンの地を踏むことになります。やはり自分には国際畑しかないのかと思いながら2年間の実務研修を終えた2001年、鬼原作二にとっては国会議員を目指すきっかけとなる部署へ配属されることとなります。2001年には小泉政権が始まっていて財務大臣は塩爺と呼ばれた塩川正十郎氏と言う以外な人物でしたが、ちょうどそんな時期、鬼原は財務大臣官房文書課長補佐兼官房秘書課長補佐へと配属されました。大臣官房とは政治家と官僚の間を取り持つような部署で財務省の場合はとくに宏池会の政治家との関係が深まる機会ともなります。

2年間の財務大臣官房の仕事を終えると国際局の課長補佐を努めることになりますが、この頃には同期の連中は主計局や理財局で華々しい経歴を積み上げていました。ただ自分から見れば「青白い秀才」に過ぎない財務官僚が政治家にヘコヘコする姿は醜いばかりで、このまま出世階段を昇り続けることへの虚しさ、例えそれに耐えたとしても国際畑の自分の未来は審議官止まりだと言う現実に思いを馳せるようになりました。2005年7月北海道・岩見沢税務署長としての発令が出されると鬼原は一旦着任するものの、その翌月には小泉純一郎による郵政解散があり、鬼原は既に打診のあった自民党からの衆院選出馬を決め、あっさりと財務省に辞表を提出しました。

小泉ブームに乗って苦労もせず当選した鬼原は議員生活も3年目となった2008年、宏池会の大物議員に連れられてやって来た銀座の高級クラブ「忘れな草」でその後の彼の運命を変えることになる美しいママと出会うことになります。ただこの時は大物政治家の話に耳を傾けることに忙しく、さすが銀座のママは美しいと思ったもののそれ以上の感情を持つことはありませんでした。その後、何度か店に通う内にすっかり馴染み客となった鬼原は2009年の総選挙に向け、逸子の兄・洋次の知人だった著名カメラマンを紹介してもらい選挙ポスターを作成するなど普通の客以上の関係になっていました。しかし小泉の後を継いだ安倍、福田、麻生政権は全て短命政権に終わり総選挙は自民党の地滑り的敗北となります。選挙を甘く見ていた鬼原自身も民主党候補に大差で負け比例復活も出来ませんでした。彼にとっては人生二回目の挫折とも言えます。鬼原は逸子ママに「これで議員宿舎も追い出されてしまう。家なき子だよ!」と冗談を言うと逸子は「良かったらうちに来る?」と笑顔で答えました。「冗談だよ。選挙区に借家があるし、実家もあるから大丈夫!」と鬼原も笑って答えますが、その後、この冗談は実現することになるのです。逸子は大塚の両親の家に子供を預けていたものの、日中は出来るだけ子供の面倒を見ていました。ただ夜は店が終わったあと実家に帰るのも煩わしく、寝泊まりだけのマンションを店の近くに借りていました。結局、鬼原は店に行く日は逸子の銀座のマンションに泊まるようになって行きます。そして2年後、父謙三は退職するとその少し前に地元三重に購入していたマンションへ引っ越し、逸子には鬼原と二人で大塚のマンションに住むように勧めます。謙三夫婦は既に鬼原のことを逸子から聞いていて家族ぐるみで逸子の後押しをしていたのでした。
(続く)


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