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敦賀

敦賀には気比神社へのお参りで行って来ました。この絵にある立派なビルは元大和田銀行の建物で俳優の大和田伸也・獏さんたちの祖先が作った銀行だそうです。北前船の船主から銀行を興し昭和20年に三和銀行に合併されるまで存在していました。今その建物は現在「みなとつるが山車会館」になっていました。

私は朝鮮半島経由で丹波にやって来た中国の渡来人が但馬(音読みでたんば)から敦賀までを支配し、その後、出石や敦賀経由で関西を統一、飛鳥の占いの名家を天皇に担ぎ上げたのではないかと思っています。日本統一は天智・天武天皇の時代からなので邪馬台国は勿論九州にあり、その後も何らかの九州王国が日本統一まで続いていたと思っています。(少しでも興味のある方は「俺の古代史 まとめ」を読んで見てください。)という訳で元伊勢の籠神社と共に氣比神宮は私にとっても興味深い神社なのです。
「俺の古代史 まとめ」は下をクリックしてください。
https://note.com/kirk/m/m985d473980a3

原発も長閑に見えし敦賀湾(季語:のどか:三春)


敦賀には原発がありますが、海の向こうに白い発電所の建物が綺麗に見えて何故か原子力発電所といった怖さは全く感じない長閑な海の風景でした。

通帳のお辞儀し冬のATM(季語:ふゆ:三冬) ー>

通帳がお辞儀す冬のATM

春に作った預金通帳も使ったページが増え、上のページが重くなって来るとATMで記帳した時にページの重さで前に垂れて来ます。まあこれは冬とは限らないのですが。
しかしこのままでは意味が伝わりにくいとの指摘もあり、比喩が伝わりやすいようにはっきりとさせました。でもだからどうしたっていう話ですね😂ひとりよがりの句でした😂

割りばしを挟んで拝み今昔粥(季語:いもがゆ:三冬) 

しかし、この懸命に説明した姿をなんと一言で「拝み箸」という指摘があったので情報を追加して詠み直しです。拝み箸もかき込み箸も共に不作法だそうですが、下品上等とばかりお粥をかき込む姿です。

拝み箸かき込み食らふ今昔粥

拝み箸かき込み箸や今昔粥


今昔粥(こんじゃくがゆ)は敦賀名物の芋粥で自然薯を使ったお粥は寒い冬にはありがたくて拝んでから食べたくなりそうですね。もっとも最近はお粥はスプーンで食べる人が多いとは思いますが。

北風や気比松原もすり抜けし(季語:きたかぜ:三冬)

気比の松原は日本三大松原の一つでシベリアからやって来る冷たい北風を防ぎ、越前一宮である氣比神宮を守っています。でもやっぱり北風は松原をすり抜けてしまうので氣比神宮は寒いですね。



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